M&Aにおける契約金額調整

M&Aにおける対価の決め方
M&Aでは、契約金額はどのように決まるのかご存知でしょうか?
もちろん、契約締結時に当事者間で合意した金額を買主が売主に支払って終わり、という場合もあります。
しかし、一般に、M&Aにおいては、対象となる会社の株式が買主に移転するのは、契約締結時から数週間から数ケ月後のクロージング日とされることが多いです。
つまり、一旦契約金額を契約締結日に合意した後、実際に買収が完了するまでの間に結構な期間があるのです。
この場合、その間に対象となる会社の価値が変化し得ます。
例えば、負債が増減し得ます。
例えば、債権が増減し得ます。
つまり、契約締結時には、対象となる会社は100百万米ドルの価値と判断されたけれども、数ケ月後のクロージング時には、80百万米ドルに減っていた、ということが起こり得るのです。
この場合、100万円米ドル支払わないといけないというのは、買主としては納得できないでしょう。
そこで、契約締結時からクロージング時の間に生じる対象となる会社の価値の変化を契約金額に反映する必要がでてきます。
これが、価格調整(adjustment)です。
価格調整の方法
この価格調整の方法はいくつかありますが、典型的なのは、次の2つについて、契約締結時とクロージング時におけるそれぞれの値を比べることです。
- 正味運転資本(Net Working Capital)=「売掛債権・未収金+棚卸資産」-「仕入債務・未払金」
- 純有利子負債(Net Debt)=有利子負債-現預金
正味運転資本が多いほど、会社の価値は高まります。よって、契約金額に上乗せされます。
一方、純有利子負債が多いほど、会社の価値は下がります。よって、契約金額は減額されます。
よって、契約金額の調整額は、以下のような式で表すことになります。
(クロージング時の正味運転資本-契約締結時の正味運転資本)-(クロージング時の純有利子負債-契約締結時の純有利子負債)
なお、具体的に正味運転資本と純有利子負債の中にいかなる項目を含めるかは、契約当事者間で協議の上で契約書に明記されます。
レプワラ違反の補償との違い
時々、この価格調整とレプワラ違反の補償が混同されることがあります。
例えば、契約締結時に、対象となる会社の負債がいくらであるかについて売主がレプワラしたものの、後に、その負債額が間違っていた場合、これは、レプワラ違反です。
よって、間違ってレプワラされた負債額と真実の負債額との差額が、売主から買主に支払われる損害賠償金額=補償となります。
一方、上記で紹介した価格調整は、契約締結時の会社の価値が、その後の営業活動など何らかの理由で「変化した場合」に、その変化を対価に反映させるものです。これは、本来、レプワラ違反がどうこうという話ではありません。
ここで、以前紹介したレプワラの記事(こちらをご参照)でも触れましたが、レプワラ違反の場合には、相手方に補償を求めることができる期間が定められています。
よって、例えば、契約締結時になされたレプワラの違反に対する補償期間がクロージング日までとされている場合、クロージング後は、そのレプワラ違反の補償を相手に求めることができなくなります。
この時、価格調整の条文に従ってレプワラ違反の分を補償してもらえるかというと、それは認められない可能性があります。価格調整はあくまで「価値の変化」をみるためのものであり、レプワラ違反を是正するためのものではないからです。
レプワラ違反を発見した場合には、補償期間中に速やかに相手に補償を求めるようにしましょう。
M&A契約(株式譲渡契約)の全体像とよく使われる重要英単語
M&Aで登場する重要な表現を以下にまとめたので、そちらもご参考ください。
M&Aの全体像 | conditions precedent | adjustment |
representations and warranties | material adverse effect | to the knowledge of ~ |
GAAP | covenants |
拙著『「重要英単語と例文」で英文契約書の読み書きができる』では、以下のようなM&A契約の重要事項について解説しています。重要事項に絞って解説しているので、はじめてM&Aに関わる人でも短時間でポイントをつかめるようになっております。ぜひ、お試しください!→詳細はこちらから!
1.M&A契約とは何か?
2.M&A契約の全体像
3.M&A契約の重要ポイント
(1)取引の対象である株式の特定
(2)対価の決定~DD→クレージング時の価格調整(正味運転資本と純有利子負債の関係)
(3)表明保証
①株式、②財務状態、➂クレーム・訴訟など
(4)誓約
(5)補償
①補償期間、②責任上限
(6)表明保証・その補償と価格調整の関係
コラム~M&Aにおける成功とは何か?~
目次 | ||
第1回 義務 | 第10回 ~に関する | 第19回 知らせる |
第2回 権利 | 第11回 ~の場合 | 第20回 責任 |
第3回 禁止 | 第12回 ~の範囲で、~である限り | 第21回 違反する |
第4回 ~に定められている、~に記載されている | 第13回 契約を締結する |
第22回 償還する |
第5回 ~に定められている、~に記載されている (補足) | 第14回 契約締結日と契約発効日 | 第23回 予定された損害賠償額(リキダメ、LD) |
第6回 ~に従って | 第15回 事前の文書による合意 | 第24回 故意・重過失 |
第7回 ~に関わらず | 第16回 ~を含むが、これに限らない | 第25回 救済 |
第8回 ~でない限り、~を除いて | 第17回 費用の負担 | 第26回 差止 |
第9回 provide | 第18回 努力する義務 | 第27回 otherwise |
第28回 契約の終了 |
第38回 権利を侵害する | 第48回 遅延利息 |
第29回 何かを相手に渡す、与える |
第39回 保証する | 第49回 重大な違反 |
第30回 due |
第40回 品質を保証する | 第50回 ex-が付く表現 |
第31回 瑕疵が発見された場合の対応 | 第41回 補償・品質保証 | 第51回 添付資料 |
第32回 ~を被る | 第42回 排他的な | 第52回 連帯責任 |
第33回 ~を履行する | 第43回 | 第53回 ~を代理して |
第34回 果たす、満たす、達成する | 第44回 | 第54回 下記の・上記の |
第35回 累積責任 | 第45回 瑕疵がない、仕様書に合致している | 第55回 強制執行力 |
第36回 逸失利益免責条項で使われる様々な損害を表す表現 | 第46回 証明責任 | 第56回 in no event |
第37回 補償・免責 | 第47回 indemnifyとliableの違い | 第57回 for the avoidance of |
第58回 無効な | 第68回 representations and warranties | |
第59回 whereについて | 第69回 material adverse effect | |
第60回 in which event, in which case | 第70回 to the knowledge of | |
第61回 株主総会関係 | 第71回 GAAP | |
第62回 取締役・取締役会関係 | 第72回 covenants | |
第63回 indemnifyとdefendの違い | ||
第64回 Notwithstandingと責任制限条項 | ||
第65回 M&Aの全体の流れ | ||
第66回 conditions precedent | ||
第67回 adjustment |
【私が勉強した参考書】