Notwithstandingと責任制限条項(Limitation of Liability)の重要な関係~英文契約の基本的な表現64~
2022/06/15

Notwithstandingは、後ろに名詞がきて、「~に関わらず」という意味になります。
例えば、Notwithstanding anything provided in this Agreementでは、「本契約に定められているいかなる条文にも関わらず~」となります。
これは、「他にどのような定めがあろうとも、このNotwithstanding~以下に定められている内容が優先して適用される」ということをいうために用いられる表現です。
これがないと、何が起こるのか?
それは、契約書中に矛盾が生じることになります。
ある条文では、「AはBである」と定めているのに、また別の条文では、「AはCである」と定められていたら、この両者の間でどちらがどの場合に適用されるのかがわからないとうことになりますよね。
その場合、おそらく、当事者間で争いになります。「AはBとして扱うべきだ」と「いや、Cなんだ」という主張がぶつかり合うのです。
当事者間で話し合っても合意に至らない場合には、裁判所なり、仲裁人が解釈することになります。その際には、契約書全体の文言との関係を考慮して、この相矛盾するように見える2つの条文を合理的に理解できるのはどのような解釈か?という観点から結論が下されます。
おそらく、原則としては「AはB」だが、例外的に、これこれの場合には、「AはC」と解釈すべき、という結論が出るはずです。
その結果、当事者の内どちらかは涙をのむことになるでしょう。問題となっているケースが原則的な場合なのか、それとも例外に当たる場合なのかによって、自分の解釈が認められないことになるのです。
例えば、以下のようなケースが日本でありました。
「第19条(機密保持)
甲、乙は、「対象情報」を厳に秘匿し、相手方の事前の書面による承諾なく、これを第三者に開示若しくは漏洩してはならない。
第25条(損害金)
甲若しくは乙が本契約内容に違反した場合には、その違反により相手方が被る全ての損害を賠償するものとする。
第29条(損害賠償)
1項 乙が委託業務に関して、乙または乙の技術者の故意又は過失により、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に損害を及ぼした時は、乙はその損害について、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に対し賠償の責を負うものとする。
2項 前項の場合、乙は個別契約に定める契約金額の範囲内において損害賠償を支払うものとする。」
ここで、乙は秘密情報を漏えいしてしまい、甲および第三者に損害を生じさせました。その損害額は、甲乙間の委託契約における契約金額を超えるものでした。
さて、乙が負うべき損害賠償責任は、委託業務の契約金額を超えたものになるのでしょうか?
この点、第29条2項を見て、「責任上限が定められている。よって、契約金額が上限だ」と考えるのが自然に思えます。
しかし、一方で、第19条で、乙は秘密保持義務を負っており、それに違反した場合には、第25条で「その違反により相手方(甲)が被る全ての損害を賠償する」となっています。よって、とにかく全てを賠償しなければならず、責任上限は適用されない、という考え方もあり得ます。
これは、「損害賠償は契約金額まででよい」とする第29条2項と、「全て賠償しなければならない」とする第25条のどちらが優先して適用されるのか?という問題です。
なんとなく、第29条2項の方が第25条よりも後に定められていることもあり、第29条2項は第25条をカバーする、つまり、第25条で一度「全て賠償しなければいけない」と定めているものの、その「全て」とは、「契約金額の範囲内でである」と解釈するようにも思えます。
しかし、東京地裁平成26年1月23日は、この点について、次のように解釈しました。
「以上の規定を合理的に解釈すれば、本件基本契約は、29条2項で、被告(乙)の原告(甲)に対する損害賠償金額を原則として個別契約に定める契約金額の範囲内とし、25条は、29条2項の例外として、被告(乙)が対象情報を第三者に開示又は漏洩した場合の損害賠償金額については制限しないことを定めたものと解するのが相当である。」
つまり、
29条2項:原則として契約金額までの賠償
25条:例外的に契約金額を超えて全額賠償
と解釈されたのです。25条が優先的に適用されるのです。
私としては意外な気がします(というよりも、大分おかしな解釈だと感じます)。また、これはあくまで地裁の判断であり、もっと上の高裁なり最高裁なりに行ったときにどう判断されるのかはわからなかったと思うのですが、この案件は地裁で確定しました。つまり、乙は契約金額を超えて賠償しなければならなくなりました。
この判例の重要な点は、責任上限を定めても、他の損害賠償に関する条文が定められていると、その他の条文の方が例外的な扱いを定めているとして、優先的に適用されてしまうという判断が下り得る、ということです。
これは国内の判例であり、海外との取引でも、そのような判断が下るか否かはもちろんわかりませんが、この東京地裁の示した判断に至る論理は、明確に間違っているとまでは言えない(読もうとも思えばそのように読めなくもない)以上、同様の結論を下す仲裁人や裁判所が海外にあるとしても不思議ではありません。
せっかく責任上限を定めたのに、あっさりとその適用が排除されてしまうのです。
これは、売主や請負人としては、ぜひ避けたいところでしょう。
そのためには、この責任上限条項が優先的に適用されることを明記しておくことが重要となります。
つまり、「本契約のいかなる条文の定めにも関わらず、損害賠償責任は、契約金額を上限とする」という定めにしておくことです。
英文契約書なら、Notwithstanding anything provided in this Agreementや、Notwithstanding anything to the contrary provided in this Agreementなどをまず書き、その後に、the aggregate liability of the Supplier to the Purchaser shall not exceed the amount of 100% of the Contract Price・・・といったように定めておくべきです。
と同時に、契約書中のどこかの条文に、「相手方が被った全ての損害を賠償する」という文言があれば「全ての」という文言は削除し、単に「相手方が被った損害を賠償する」としておいた方が無難でしょう。
ちなみに、「相手方が被った全ての損害を賠償する」という文言は、これだけを見れば、「全ての」を削除してもしなくても、意味は同じです。つまり、「相手方が被った損害を賠償する」と定められていれば、ある損害αも、別の損害βも、その金額がいくらであっても、全て「相手方が被った損害」に当たるので、「全ての」という文言があろうがなかろうが、契約に違反した者は相当因果関係がある範囲で相手方に全て賠償しなければならなくなると解釈できるでしょう。「全ての損害」と定められていないから、「全て賠償する必要はないのだ」という主張は成り立たないと思います。これを認めると、「全てでないなら、どこまでなのか?」という問題が生じます。
しかし、他に定めた責任上限条項との絡みで問題になった場合には、この「全ての」があると、正に東京地裁が判断したように、例外的に「全ての」損害を賠償させようとしている意図が当事者間にある、と裁判所に受け取られ、責任上限条項に優先して適用すべきと判断されるきっかけになってしまうおそれがあるといえます。よって、このような場面においては、「全ての」は削除する方がより安全といえるでしょう。
というわけで、私がこれまで見てきた日本の契約書でも、海外取引における英文契約書でも、必ずしも、責任制限条項の文頭に、Notwithstanding ~という文言が定められていたわけではありませんが、東京地裁の判断を見るに、これはリスクが残る条文と考えられますので、Notwithstandingを用いて、その他の条文に優先する旨を明らかにするように心がけるとよいでしょう。
間接損害・逸失利益の免責条項との関係
なお、上記東京地裁の事案では、問題となったのは責任制限条項でしたが、これは間接損害・逸失利益の免責条項にも当てはまる問題です。つまり、ある条文中に、「○条の違反については、全ての損害を賠償する」と定められており、一方で、「間接損害・逸失利益を免責する」と定められている場合には、原則として契約違反者は間接損害・逸失利益を免責されるものの、「〇条の違反の場合には、例外的に、全部=間接損害も逸失利益も含めて賠償しなければならない」という判断が下され得る、ということです。
よって、間接損害・逸失利益の免責条項にも、「本契約中のいかなる定めにも関わらず~(Notwithstanding anything provided herein,)」という文言を明記しておいた方がよいでしょう。
目次 | ||
第1回 義務 | 第10回 ~に関する | 第19回 知らせる |
第2回 権利 | 第11回 ~の場合 | 第20回 責任 |
第3回 禁止 | 第12回 ~の範囲で、~である限り | 第21回 違反する |
第4回 ~に定められている、~に記載されている | 第13回 契約を締結する |
第22回 償還する |
第5回 ~に定められている、~に記載されている (補足) | 第14回 契約締結日と契約発効日 | 第23回 予定された損害賠償額(リキダメ、LD) |
第6回 ~に従って | 第15回 事前の文書による合意 | 第24回 故意・重過失 |
第7回 ~に関わらず | 第16回 ~を含むが、これに限らない | 第25回 救済 |
第8回 ~でない限り、~を除いて | 第17回 費用の負担 | 第26回 差止 |
第9回 provide | 第18回 努力する義務 | 第27回 otherwise |
第28回 契約の終了 |
第38回 権利を侵害する | 第48回 遅延利息 |
第29回 何かを相手に渡す、与える |
第39回 保証する | 第49回 重大な違反 |
第30回 due |
第40回 品質を保証する | 第50回 ex-が付く表現 |
第31回 瑕疵が発見された場合の対応 | 第41回 補償・品質保証 | 第51回 添付資料 |
第32回 ~を被る | 第42回 排他的な | 第52回 連帯責任 |
第33回 ~を履行する | 第43回 | 第53回 ~を代理して |
第34回 果たす、満たす、達成する | 第44回 | 第54回 下記の・上記の |
第35回 累積責任 | 第45回 瑕疵がない、仕様書に合致している | 第55回 強制執行力 |
第36回 逸失利益免責条項で使われる様々な損害を表す表現 | 第46回 証明責任 | 第56回 in no event |
第37回 補償・免責 | 第47回 indemnifyとliableの違い | 第57回 for the avoidance of |
第58回 無効な | 第68回 representations and warranties | |
第59回 whereについて | 第69回 material adverse effect | |
第60回 in which event, in which case | 第70回 to the knowledge of | |
第61回 株主総会関係 | 第71回 GAAP | |
第62回 取締役・取締役会関係 | 第72回 covenants | |
第63回 indemnifyとdefendの違い | ||
第64回 Notwithstandingと責任制限条項 | ||
第65回 M&Aの全体の流れ | ||
第66回 conditions precedent | ||
第67回 adjustment |
英文契約の基本的な表現
間接損害(indirect damage)と逸失利益(loss of profit)の違い
to one’s knowledge/to the knowledge of
Representations and warranties
EPC契約のポイント(『英文EPC契約の実務』で解説している事項の一部です)
Delay Analysis関係
必要な立証の程度(balance of probabilities)
仕事関係
これから法律・契約について勉強し始める社会人が陥りやすい勘違い
どうして議論がまとまらないのか?