必要な立証の程度
納期延長や追加費用をコントラクターが得るためには、契約書の定められた手続きに従ってクレームをしなければなりません。
そのためには、Delay Analysisが必要です。
特に、Time ImpactやWindowsは、何度もas planned program、つまり、契約締結時、または契約締結後早い段階で作成されたオリジナルの工程表を更新させるものです。
これにより、実際の進捗状況をある程度反映させることができるようになり、それに基づいて算定される延長日数や追加費用の正確性が増します。
一方で、as planned impactという手法は、「コントラクターは立証責任をはたしていない」とオーナーから反論される可能性が高いとこれまで述べてきました。
それは、この手法では、as planned programを変えずに、単に遅れを都度入れ込んでいくだけであり、現実の進捗を反映させていないためです。
ここで、そもそも、「一体、コントラクターはどの程度の立証が必要になるのか?」という疑問が生じます。
刑事事件で必要とされる立証の程度
この点、刑事事件では、とても厳しい基準が採用されています。
それは、beyond a reasonable doubtと呼ばれるものです。
例えば、今、ある事実の有無が問題になっていたとします。
ここで、検察官はその事実が「ある」と主張し、被告人の弁護士は「無い」と主張しました。
この立証のために、検察官がいくつかの証拠を示しました。弁護士はもちろんそれらに反論を加えました。
それを見ていた裁判官は思いました。
「この事実は、どちらかといえば、ありそうだな」と。
具体的には、「ある」か「ない」のどちらに感じるか?といわれれば、ありそうだと感じた。なさそうだと感じるよりも、強くありそうだと感じた、という状態に裁判官は至りました。
では、この事実は、「あった」と認定されるでしょうか。
答えは、まだこの状態では、「あった」と認定されない可能性があります。
刑事事件で被告人に罪が認められると、それは被告人の人生に大きなダメージを与えます。このダメージは、そう簡単には回復できません。
そのため、事実の認定は慎重になされます。
「どちらかといえば、ありそう」という程度では、まだ足りないのです。
つまり、ありそうか、なさそうかといわれれば、「ありそう」ではあるが、まだ「あった」というには、疑いが残る、という段階では足りず、そのような疑いを入れる余地がないほど、そのような疑いをさしはさむ余地がないほどに感じられた場合に、「あった」と認定されます。
このような基準を、beyond a reasonable doubtと呼びます。
直訳すれば、「合理的な疑いを超えて」といったものですが、要は、「疑おうと思えば疑える」という状態を克服するほどに「その事実があったのだ」と思える場合にだけ、刑事事件の裁判では、「その事実はあった」と認定されるという意味です。
民事事件で必要とされる立証の程度
では、民事事件はどうかというと、そこまで厳格なものは求められていません。
「ありそうか、なさそうかといわれれば、ありそうだ」
こう感じられたら、民事では、その事実は「あった」ものと判断されます。
これを、balance of probabilitiesと呼びます。
このbalanceは、「均衡・バランス」という意味です。つまり、「ありそう・なさそうの均衡が崩れて、ありそうに傾いたら、事実があったと認定してよい」という基準です。
そうすると、民事事件の場合には、「ありそう」と思わせればよいだけなら、立証は簡単そうだ!と感じるかもしれません。
しかし、このbalance of probabilitiesという基準は、なんらの証拠がなくても、容易に事実の存在を認めてもらえる、というものではありません。
例えば、何か損害賠償を相手方に請求する際に、損害額を100万円と認めてもらいたいと思えば、実際に100万円の支払いを治療費なり、修理費なりとして既に支払った、または今後支払うことが決まっている、という証拠が必要です。
「とにかく100万円生じたんだ」と主張しても、それだけでは認められません。
自分は立派な企業に勤めていて、嘘なんていうわけない。これまでも誠実に生きてきて、過去に何ら罪に問われたこともない。だから、100万円の損害が生じたという主張も、「なんとなく信じられそうでしょ?100万円生じたか、それとも生じていないか。どちらかといえば、生じたように思えるでしょ?」というのは通用しません。この場合は、「なさそう」です。
これと同様に、納期延長や追加費用のクレームでも、延長すべき日数と追加費用金額は、balance of probabilitiesの下で判断されますが、何らの証拠もなく、「ありそうだ」と裁判官や仲裁人に感じてもらうことはまずできません。
提出される証拠も、as planned programに単に遅れを入れ込んだだけで算定される延長日数では、「その延長日数がForce Majeureによって生じたのか生じていないのか」と問われたら、「生じていなさそう」と思われても不思議ではありません。
というのも、プラント建設工事では、最初に立てた計画通りになにもかもが進むことはまずなく、工程は頻繁に予定とズレが生じるのが通常だからです。その頻繁に生じるズレを考慮せずに、単に遅れの分だけを入れ込んだ工程表が、真実を表していそうか、それともいなさそうか、といわれたら、それは、誰が聞かれても、「真実を表してはないなさそう」と感じることでしょう。
なので、仮にas planned impactの手法を用いる場合には、遅れを入れ込むまでに、そう大きな工程の変更は生じていない、という点を示す必要があるでしょう。それはオーナーとの合意でもよいですし、進捗状況のデータでもよいですが、何かそのような計画との大きなずれを引き起こす事象が生じていない、ということを示すものを準備する必要があると考えます。これは突き詰めると、Time Impactになりますが、そこまでではなくとも、せめて、「そう大きな変更は生じていない」というように感じてもらえない限りは、balance of probabilitiesの基準をクリアするのは難しいはずです。
これは、納期延長に伴って生じる追加費用(prolongation cost)の話にも同様に当てはまります。
つまり、追加費用を認めてもらうためには、それが納期が遅れたことで生じたことを示し、かつ、その納期の遅れが、コントラクターのせいではない事象、具体的には、契約書に「この理由で遅れたら納期延長が与えられる」と定められているその事象(Force Majeureやオーナーに契約違反など)が原因で生じていることを立証しなければなりません。つまり、原因と結果という因果関係の証明です。
しかし、この因果関係の証明が困難な場合もあります。そのような場合、原則として追加費用は認められませんが、例外的に認められるケースとして、global claimというものがあります。次回はこのglobal claimについて解説します。
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EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
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Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |