私がEPC契約で真っ先に確認する点① 対価をとりっぱぐれるリスクはないか?
2020/01/30

EPC契約をどこから読み始めるか?
EPC契約を検討する際、どこから読み始めるでしょうか?
私は、EPC契約に限らず、あらゆる契約書の検討で真っ先に確認することにしているのは、以下の点です。
「コントラクターが何ら落ち度なく仕事をしたにも関わらず、対価をとりっぱぐれることになっていないか」
というのも、EPC契約において、コントラクターが最も得たいのは、「契約締結時に想定していた利益」であるところ、これを得るためには、上記の点が適切に定められていることが最低条件だと思うからです。
つまり、これらが適切に定められていれば、「うちはしっかり仕事をしたにも関わらず、契約締結時に想定していただけの利益を得られなかった」という事態が起きることは、かなり防ぐことができると思います。
上記の点を必ずしも真っ先に確認しなければならないわけではありませんが、これらを最初に検討するようにすれば、一番重要な点について検討漏れが生じるということを防ぐことに役立つように思います。
この点、もしかすると、「注文者であるオーナーがコントラクターに対価を支払うなんていうことは当たり前じゃないか。要は、契約金額が間違いなく定められていればよいのだろう?」と思った方もいるかもしれません。
もちろん、契約金額が契約書に適切に定められていることは重要です。
しかし、それだけでは、足りないと思います。
そもそも、「オーナーが十分な資金を持っていない場合」には、どうなるでしょうか?
資金がなければ、契約書に対価が明記されていても、コントラクターに対して払うことができないですよね。
EPC契約は、数十億~数百億円レベル、あるいは、数千億円レベルの契約金額になるものもあります。
そのような莫大な対価を全額支払うことができるだけの資金をオーナーが持っている、あるいは調達することができる、ということを、コントラクターは十分に確認する必要があります。
例題
ここで一つ問題です。以下の場合、コントラクターはどのような対応を取るべきでしょうか?
海外のEPC案件で、コントラクターは決められた仕事をしっかりと遂行していました。
その案件では、前払金の他に、ある一定のレベルまで仕事が行われると、オーナーは、その進捗に応じて一定の対価をコントラクターに支払う条件になっていました。ここでは仮に、その進捗払いを20億円分としておきましょう。
コントラクターはオーナーに、20億円の支払いを請求しました。
しかしオーナーは、全く支払いません。
「コントラクターの行った仕事に問題があるから支払わない」というようなコメントすらもしてきません。
そのうちコントラクターは、「どうやらオーナーは対価として支払うための資金がないようだ」ということが分かってきました。
コントラクターは、そのオーナーが、有名な企業Aの子会社だったので、もしもその子会社の資金が足りなくなれば、親会社であるA社がオーナーに資金を援助してくれるのだろうと思って、そのオーナーの資金力それ自体はあまり気にしていませんでした。
しかし、親会社Aは子会社であるオーナーを援助する気は全くないようでした。 |
この場合、「親会社Aに直接相談に行く」という方法もあるかもしれません。つまり、「あなたの子会社がお金を払ってくれないので、代わりに払ってほしい」とお願いに行くのです。
しかし、親会社Aが、「子会社は独立した法人だから、それを自分たちが援助しなければならない法的義務はない」と主張してくると思います。
もしも、オーナーの対価の支払い義務について、コントラクターがその親会社であるA社から保証を得ているのであれば、それに基づいてコントラクターは親会社Aに対して対価の支払いを請求することができるでしょうが、そうでもない限り、A社はこの件については全く関係ない会社なのです。
とはいえ、親会社と子会社の関係なのだから、例えば、日本の商法で言うところの「法人格否認の法理」のような考え方で、親会社Aがコントラクターに責任を負う、という考え方もあるでしょう。
しかし、法人格否認の法理は、他の会社をあたかも自分の手足の如く支配して活動している場合に適用されるものであって、単に「親子関係にある」というだけで適用される法理ではありません。
では、「もはや裁判や仲裁でオーナーを訴えるしかない」と思うかもしれません。
しかし、オーナーが資金を持っていないのであれば、仮に裁判や仲裁を起こしてコントラクターの進捗払い分の20億円の債権が認められたとしても、オーナーは支払うことができません。
つまり、裁判や仲裁で勝っても、コントラクターは対価を得られない状態に陥るのです。
オーナーの資金力の確認
では、コントラクターは、一体どうすればよかったのでしょうか?
当たり前のことだと思われるかもしれませんが、まずは、オーナーそれ自体の資金力を確認するべきでした。
ここで、オーナーの支払い原資としては、大きくは、①オーナーは銀行等の第三者から融資を受けようとしている場合と、②オーナー自身が既に持っている資金で対価を支払うかの2通りがあると思います。
まず、①第三者から融資を受け、それでコントラクターに対価を支払うことにしている場合には、オーナーと第三者間の融資契約における融資金額が、EPC契約の対価をカバーしているかどうかを確認するべきでしょう。
その上で、その融資契約がオーナーと第三者間で締結されることを、オーナーとコントラクター間のEPC契約の契約発効条件にするべきでしょう(融資契約の単なる締結に止まらず、例えば「実際に最初の進捗払い金額に相当する金額が銀行からオーナーに支払われた場合」という定めをすることが可能なら、その方がより確実でしょう)。発効条件にするということは、つまり、融資契約が締結されるまで、コントラクターは何ら作業を開始する義務はなく、かつ、納期の起算も開始されないということです。
このようにすれば、EPC契約を締結後に、オーナーが融資を受けようと考えていた第三者が、「やっぱり融資するのやめた」と言った場合には、EPC契約が発効されないことになり、コントラクターはまだ作業を開始していないので、自分がした仕事に対する対価をとりっぱぐれる事態には陥らないはずです。
では、オーナーが第三者から融資を受けるのではなく、②「自己資金で支払う」という場合にはどうすればよいでしょうか。
この場合には、できればオーナーには、letter of credit(以下、「LC」)を開設させ、その開設をEPC契約の発効条件とするべきだと思います。
LCは、オーナーが銀行に対して開設を依頼します。このLCが開設されるということは、そのLCが保証する金額分は銀行が確保できているということになります。つまり、EPC契約締結後に、コントラクターに対して支払う対価がなくなる、という懸念はかなり払拭されるでしょう。
ここで、「自己資金で支払う」というオーナーの言葉を鵜呑みにし、オーナーの親会社からの保証もなく、かつ銀行にLCを開設するでもない場合には、オーナーがいつその資金を別の用途に使用してしまうかわかりません。コントラクターが一生懸命仕事をしている最中に別のことにお金を使い果たし、「コントラクターに支払う金額はなくなってしまった」という事態になりえます。
この点、「オーナーが自己資金を使い果たしてコントラクターに対価を支払えなくなるなんてことをしたら、その後オーナーは世間から信用を失う結果になり、その後の事業に悪影響が出るので、そのようなバカなことはしない」と思う方もいるかもしれません。
しかし、オーナーがそのような世間の批評を気にしない企業だとしたらどうなるでしょうか。「払えないものは払えない」と開き直られたら、困るのはコントラクターの方です。
基本的にはEPC契約ではオーナーは何等の支払保証もしない、というスタンスを取ることの方が多いと思われますが、できればLCを開設してもらうようにするべきでしょう。
まとめ
以上から、オーナーの支払い能力の観点から、次のことに注意していただきたいと思います。
① オーナーが第三者から融資を受けて、そこからコントラクターに対価を支払おうとしている場合:
オーナーと第三者間の融資契約における融資金額がEPC契約の対価をカバーしていることを確認の上、その融資契約の締結をEPC契約の発効条件とし、融資契約が締結されるまではコントラクターは何らの作業を開始する義務がなく、納期の起算も始まらないようにする。
② オーナーの自己資金でコントラクターに対価を支払おうとしている場合:
EPC契約の対価に相当する金額についてLCを開設させる。そしてこのLCをEPC契約の発効条件とする。
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