納期遅延LDとは?その算定方法は?
2023/07/14

LD・リキダメとは何か?
コントラクターの原因で決められた納期にプラントを完成させることができなかった。
この場合、コントラクターは、オーナーに対して損害を賠償しなければならなくなります。
通常、損害賠償は、損害を被った者が、「これだけの損害を被りました!」ということを証明しなければなりません。つまり、オーナーが損害額を証明するのです。
しかし、EPC契約では、オーナーは、被った損害額を証明する必要はない、とされている場合が多いです。
それは、liquidated damagesというものを定めているからです。
これは、LDと省略して書き、「エルディー」とか、「リキダメ」などと呼ばれます。
日本の法律上、このLDに該当するのは、「予定された損害賠償金額」と呼ばれるものです。
民法第420条に定められています。
これは、損害賠償金額を予め当事者間で合意したものです。
実際に生じた損害額を契約違反の後に算定しようとしても著しく難しい場合に採用されます。
EPC契約においてこのLDが採用されるケースが多いのは、プラントの完成が遅れた場合にオーナーが実際に被る損害を算定するのが難しいからです。
そして、EPC契約では、プラントの完成が1日遅れるといくらの損害賠償金額となるかが定められているものが多いです。すると10日遅れるとその10倍、30日遅れるとその30倍、というように、損害賠償額が決まります。
オーナーは、単に、納期に何日遅れたのかを示すだけでよく、実際にどれだけの損害額が生じたのかを証明する必要はないのです。
こうしてみると、このLDは、オーナーにとってとても有利な制度に思えますね。
ただ、日本の民法の定めに従うと、このLDを契約書に定めると、実際に生じた損害がこのLDより多くても、少なくても、裁判所ですら、LDとして定めた金額とは異なる金額を損害賠償として支払うようにコントラクターに求めることはできなくなります。これは、他の国の法律の下でもそうなのかどうかはわかりません。そのためか、EPC契約書にこの点が明記されていることが多いです。
補足(2016年11月16日)
もっとも、日本で損害賠償額の予定について争われたいくつかの裁判では、当事者間で合意されていた損害賠償額の予定の金額が、実際の損害とあまりにかけ離れている場合には、裁判所が実際の損害額を払えばよい、と判断しているものもあります。よって、日本に限定していえば、仮にコントラクターが納期に遅れても、コントラクター側でオーナーが実際に被った損害を算定し、それが納期LDの金額よりも低い場合には、判例を根拠にしてオーナーと交渉するべきだと思います。また、海外の案件であっても、現地の法律事務所に相談して、納期LDの支払い金額を減額できるとする判例がないか相談してみてはいかがでしょうか。
納期LDの算定方法は?
では、この1日遅れた場合の損害賠償金額は、どのように決められるのでしょうか?
そもそも、実際に納期に遅延した場合の損害額を証明することができないからという理由でこのLDを採用しているので、「1日遅れたらいくらの損害賠償金額とする」というのを決めるのも難しそうに思えますよね。
そのため、「前の契約の時はいくらとしたから、今回も同じでよいだろう」という感じで決めてしまうことも多いのではないでしょうか。
この点、納期遅延のLDを契約に定める場合には、「納期に遅れると、オーナーはいかなる損害を被るか?」を実質的に考えることが重要になります。
この点、納期に遅れるということは、プラントの運転開始が遅れるということです。
プラントの運転開始が遅れると、オーナーがプラントの運転から得られるはずだった利益を得られなくなります。
ここで、オーナーはEPC契約の対価を、銀行などの金融機関から融資を受けている場合が多いです。というのも、EPC契約の対価は莫大な金額であることが多く、自己資金だけで賄うことは難しいためです。
オーナーはその融資分を返済する義務を負っているのですが、プラントの運転開始が遅れると、プラントの運転から得られる利益を得るのが遅れます。その分、返済するだけの資金を得るのも遅れます。その結果、返済が遅れるでしょう。
そうすると、返済が遅れたことによる遅延利息が生じます。
これが、納期遅延によってオーナーが被る損害の代表的なものです。
建設中に生じる利息なので、「建中利息」と呼ばれます。
英語では、interest during constructionですので、頭文字だけとって略して、「IDC」とも呼ばれます。
よって、この返済遅延によって生じる建中利息を基準にして、納期遅延のLDの金額を検討するというのが一つの方法だと思います。
もしも、オーナーが提示する納期遅延のLDの金額が、この建中利息よりもはるかに大きい場合には、「それは実際にオーナーが被る損害よりも高すぎる」として、より小さい金額に修正を申し入れるべきだと思います。
おさらい
納期遅延LDについて、本郷塾の4冊目の著書である『「重要英単語と例文」で英文契約書の読み書きができる』の「納期遅延」の解説部分(57~59頁)でおさらいしましょう!
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本書の詳細は、こちらからご確認できます。
(なお、本郷塾の3冊目の著書である『英文EPC契約の実務』の141~155頁では、EPC契約における納期遅延LDについて解説しています。この本の詳細はこちらからご確認ください)
売主は、仕様書に合致する製品を買主に納入しなければならない。
この点、当然、買主はいつでもいいから製品を納めて欲しいとは考えていない。 ある一定の期限までに製品を納めて欲しいと考えている。 この期限を納期と呼ぶ。 納期は、delivery dateと書かれることが多い。 そして、売主がこれに遅れた場合の損害賠償責任が定められるのが通常である。 この損害賠償責任は、「予定された損害賠償金額(liquidated damages)」が定められることも多い。 liquidated damagesとは、略してLD(エルディー)と呼ばれることが多い。 これは、契約締結時に、契約に違反した場合に相手方に支払う損害賠償の金額を当事者間で予め合意しておくものである。 通常、損害賠償の請求は、違反をされた当事者が、その違反によって自分が実際に被る損害金額を証明しなければならない(~を証明する:prove)。 これを、「証明責任を負う」という(証明責任:burden of proof)。 もしも証拠によって損害額を証明できない場合には、例え契約違反が事実として存在していたとしても、損害賠償を得られなくなる。 ここで、納期に遅れた場合に買主が被る損害額を証明するのは必ずしも簡単ではない。 そこで、買主は、LDを契約に定めることがある。 このLDは、一日の遅れにつきいくらを損害賠償金額とするかを定めるもので、これにより、買主は単に「何日売主が納期に遅れたのか」を示すだけで、自動的に買主が得られる損害賠償額が決まる。つまり、買主の証明責任の負担がかなり減ることになる。 そして、このLDを定めれば、実際に買主がいくらの損害額を被ったのかとは無関係に、1日当たりのLD×「遅れた日数」という計算で算出された金額を売主は支払わなければならないことになる。 これは買主が被った損害額がLDの計算によって算出された金額よりも少なくても多くてもその様な扱いとなる。 もっとも、この「LDを支払えば、売主は遅れについて他に何らの責任を負わない」という点は、英米法の下では当然のことであるが、世界中のどこの法律の下でも、そのような扱いとなるかはわからない。 そこで、念のため、「LDを支払えば、売主は遅れについて他に何らの責任を負わない」という点を、sole and exclusive remedy(唯一の排他的な救済=他に救済はない、という意味)である、と明記することで確実にしようとすることがよく行われる。 なお、sole and exclusive remedyといっても、売主は製品を買主に引き渡す義務を免れるわけではない。 単に「納期に遅れたことで買主に支払う売主の損害賠償責任はLDの支払で果たしたことになる」という意味である。 また、納期遅延LDについては、上限(limitation/cap)を定めることが通常である。 つまり、売主が買主に対して負う納期遅延LDの総額は一定の金額を超えないと定めるのである。 例えば、「契約金額の20%を越えない」といった定めがなされる(~を超える:exceed)。 ここで、実際に、その上限を超えるほどに売主が遅れた場合には、買主は契約を一方的に終了させること、つまり、解除できる旨も合わせて定められることが多い(解除:termination ~を解除する:terminate)。 |
LDとpenaltyの違いについての動画解説はこちらから!
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EPC契約のポイントの目次
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |