アレバ社のコストオーバーランの原因
一つ、コストオーバーラン事例を紹介します。それは、フランスの原発メーカー・アレバ社(今は名前が変わり、「オラノ社」)におけるフィンランド向け原発建設案件で起こったコストオーバーランです。
フランス・アレバ社のコストオーバーラン
この案件はウェスチングハウス以上の巨額のコストオーバーランに陥り、現在もまだ商業運転が開始しておりません(もうすぐだと言われております)。
この件のコストオーバーランの原因について、フィンランドの規制当局(STUK)による解説が公表されております。これは、アレバによる工程が遅れ始めた段階で作成されたものであり、アレバの失敗の全容をカバーするものではありませんが、「EPC案件」の難しさを理解するのに有益です。
※STUKの公表資料:Power Engineering “Lessons Learned from Olkiluoto 3 Plant” by Jukka Laaksonen, Director General, STUK-Radiation and Nuclear Safety Authority 09/01/2010
背景
2004年、フランスの原発メーカーであるアレバ社は、ドイツのシーメンスとコンソーシアムを組み、フィンランドの電力会社であるTVOから原発建設案件を約4200億円で受注しました。
しかし、受注から15年が経過した2019年の時点でも、原発は完成しませんでした。
その間、アレバが建設を放棄したわけではありません。
TVOがこのプロジェクトを中止したわけでもありません。
工事は常に続けられているのですが、工事のやり直しが頻発し、完成に至らなかったのです。
その結果、当初4200億円であった建設費は、1兆1000億円までに膨らんでいると言われています(今ではもっと膨らんでいるかもしれません)。
フランスは電力需要量の約80%を原発で賄っています。
その原発建設のほとんどにアレバが関わっていました。
つまり、アレバにとって原発建設は慣れ親しんだ仕事だったはずです。
では、なぜこんなに巨額のコストオーバーランを引き起こすに至ったのでしょうか?
実はアレバにとって初めての案件
アレバが上記のフィンランド向けに建設中の原発は、EPRという最新型の原子炉を搭載したものでした。
建設開始の2004年当時、まだ世界中にEPRの原発は完成していないものでした。
つまり、アレバにとって本件は原発という大きなくくりで言えば何度も経験済みといえますが、より具体的に見た場合、EPRという「初めて」の原子力発電所建設案件であったといえます。
建設を担当するのは実質初めて
アレバにとっての「初めて」だったのはこれだけではありません。
実はアレバが過去に手掛けた原発建設案件においては、フランス政府のEDFやオーナーが建築技術者としての役割を担ってくれており、その役割も含めたコントラクターとして原発建設に関わるのは「初めて」だったのです。
初めての規制
また、フィンランドの原発安全規制当局は、約30年以上に渡って世界各国の原発に関する安全性を研究した上でフィンランドの規制を作り上げていました。
アレバはその規制に従って建設をしなければならなかったのですが、それはアレバが過去に経験したものとは大きく異なっていました。
具体的には、STUKは、原発の構造や機器の品質にも建設の初期段階から検査をします。
この方法はソビエト連邦やスウェーデンから学んだものであり、アレバはこのような包括的な評価・検査方法に馴染みがなかったのです。
サプライヤーが初めて
スリーマイル島の事故以来30年間米国で原発建設がなかったことは有名です。
フィンランドを含めた欧州でも、チェルノブイリ原子力発電所の事故以来、原発建設が米国ほどではないものの控えられており、原発案件に精通している部品メーカー等が育っていなかったのです。
つまり、この約30年間の空白が、欧州の製造業者から原発案件への対応力を失わせてしまっていました。
人材も枯渇していたし、原発建設という高度の安全性を求められるレベルについてくることができる製造業者の数が激減していました。
1970年代にアレバが使用していたサプライヤーの中には、アレバがフィンランド向けにEPR原発の建設を受注した2004年時点で原発事業から退いているものも多かったのです。
そのため、建設開始後に行われるSTUKによる安全性の確認で問題が次々と発見されました。
そして、製造のやり直しが頻発したのです。
技術の変化
1970年代と比べ、技術は大幅に変わっていました。
過去に原発建設に関わっていた経験がある企業であっても、重要なのは、「今原発の安全性を満たす技術を持っているのか」です。
この点、監査のような書類審査においては優秀だとされたサプライヤーも、実際にモノを作らせてみると、とても原発建設で求められる安全性の要求をクリアできないというサプライヤーもたくさんありました。
以下は、フィンランドの規制当局STUKによる原因調査結果のまとめです。
アレバにとってどうだったのか? | |
能力 | 原子炉の設計(大規模プロジェクトのマネジメント経験なし) |
炉型 | EPR(最新鋭の炉型) |
技術 | 初めて |
過去20~30年の建設実績 | チェルノブイリ事故以降は停滞気味 |
人材 | 枯渇 |
サプライチェーンの実力 | 原発のレベルに不慣れ |
規制 | 新しい |
特にSTUKの次のコメントが印象的です。これが全てを語っているように思えます。
「米国も欧州も、長年原発建設から遠ざかっていた。
その点は日本や韓国とは異なる。
彼らは米国や欧州で原発建設が停滞していた期間も絶え間なく原発を建設し続けていた。
米国・欧州には、原発建設を担う人材と企業が枯渇しているのだ。」
なお、東芝はそのホームページ中の「事業等のリスク」の中に、おそらくウェスチングハウスの巨額損失の原因を指していると思われる以下の記述を掲載しています。
(2)財政状態、経営成績及びキャッシュフローの状況に係るもの
1)エネルギーシステムソリューション部門の事業環境 ・・・特に、当部門の主要事業の一つである原子力事業においては、テロ対策や大規模自然災害への安全対策の要請が高くなり、各国政府の安全基準の変更が相次いで実施されたことに加え、原子力発電所の新規建設機会が長期間存在していなかった地域における案件や最新鋭の施設の建設においてはベンチマーク可能な案件が存在していないこと等により、コストが当初の見積もりと比較して予想外に増大したり、工程が予想外に長期化する案件が発生しました。 |
上記下線部の記述から、東芝も、2008年以降に受注した米国向け原発建設案件がウェスチングハウスにとって「初めて」であったことが、ウェスチングハウスが巨額のコストオーバーランになった原因であると考えていることが分かります。
といっても、具体的に何が原因だったのか?はよくわからないですよね?
この点、ウェスチングハウスにとって客先にあたるSCE&G社の経営トップが、その経緯を説明している文章が公開されています(もちろん英語ですが)。
『英文EPC契約の実務』の第三章にその内容をまとめました。
※ちなみに、このホームページにもコストオーバーランについていくつか記事を掲載しておりますが、『英文EPC契約の実務』に掲載されているのは、それらと異なる事例の検討です。
ぜひ、本書をお読みください。
EPC契約のポイントの目次
『英文EPC契約の実務』は、お陰様で出版から4度の増刷となっております。
この本は、
・重要事項についての英語の例文が多数掲載!
・難解な英文には、どこが主語でどこが動詞なのかなどがわかるように構造図がある!
・もちろん、解説もこのブログの記事よりも詳しい!
・EPCコントラクターが最も避けたい「コストオーバーランの原因と対策」について、日系企業が落ちいた事例を用いて解説!
・英文契約書の基本的な表現と型も併せて身につけることができる!
ぜひ、以下でEPC契約をマスターしましょう!
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |