EPC契約における保険その①~総論~
保険とは何か?
EPC契約においては、通常、保険をかけますが、そもそも保険とは何でしょうか。以下に保険の定義を示します。
保険とは、偶然に発生する事故(保険事故)によって生じる財産上の損失に備えて、多数の者が金銭(保険料)を出し合い、その資金によって事故が発生した者に金銭(保険金)を給付するための制度。 |
簡単にいうと、「事故が偶然生じ、それによって損害が生じたら、その損害を保険会社が負担してくれるもの」です。
EPC契約上の義務の遂行中には、様々な事故が起こり得ます。
例えば、現場で建設作業をしている間にクレーンが倒れて作業員がケガをするかもしれません。この場合、ケガを直すための治療費が損害として生じます。
また、クレーンが倒れ、その下敷きになって建設中の機器・プラントが壊れるかもしれません。この場合、壊れた機器・プラントを修理するための費用が損害となります。
これらの損害について保険をかけておけば、保険会社が負担してくれます。
もちろん、保険をかけるからには保険会社に保険料を支払う必要があります。
つまり、保険料を支払うことで、リスクを第三者である保険会社に転嫁することができます。
以下ではEPC契約における保険の基礎を解説します。
どちらが保険をかけるべきか?
保険をかけるには保険料を保険会社に支払う必要がありますが、では、保険をかけるのはオーナーとコントラクターのどちらでしょうか。
この点、どちらが保険をかけなければならないかは決まっていません。つまり、コントラクターとオーナー間で協議して決めることです。この際に考慮するべきポイントの一つは、「どちらが保険をかけた方が保険料は安く済むのか」という点です。
保険料は、誰がかけても一律に同じというわけではありません。保険会社から見て「事故が発生しにくい」と考える当事者が保険をかける場合の方が保険料は安くなります。
また、もともとその保険会社をよく使っている当事者の方が、保険料が安く済む場合もあるでしょう。
そのため、「コントラクターとオーナーのどちらのほうが保険料を安く済ませられそうか」という点はよく比較検討するべきです。
ここで、保険料を安く済ませようとして、そもそも付保するべき保険をかけずに済ます、ということにならないように注意しましょう。仮に、オーナーが保険をかけることになった場合でも、「いかなるリスクがその保険でカバーされているのか?」とよく検討し、「リスクがあるのにカバーされていない」というものがあったならば、コントラクターが自らその隙間を埋めるように保険を手配するべきです。そうしないと、事故が起こってから、自分で損害を負担しなければならなくなり得ます。
そのためにも、まずは、「EPC案件では、どのような事故が起こり得るのか?」から理解しましょう。
EPC案件ではどのような事故が起こりえるのか?
EPC契約に関する保険にはどのようなものがあるのかを見ていきますが、その前に、そもそも、EPC契約において起こり得る事故にはどのようなものがあるのかという点に触れます。起こり得る事故を把握できれば、そのためにどのような保険をかける必要があるのかが見えてきます。
まず、事故には大きく分けて、人身事故と物損事故の2つがあります。人身事故の対象となり得るのは、以下です。
- コントラクターの従業員(下請け業者の従業員も含む)
- オーナーの従業員(下請け業者の従業員も含む)
- 上記以外の第三者
そして、これらの者が傷害、または死亡することが人身事故に当たります。
次に、物損事故の対象となり得るのは以下の通りです。
- コントラクターの建設用機材(例:クレーンなど)
- プラント(建設中のプラント、および機器も含む)
- オーナーの財物(例:建設するプラントに隣接する別のプラント等)
- コントラクターの従業員の財物
- オーナーの従業員の財物
- 上記以外の第三者の財物
いつの時点から保険が必要となるか?
EPC契約が発効すると、コントラクターはまず設計作業を開始します。この段階ではまだ上記の人身事故も物損事故も発生する可能性は低いでしょう。機器を製造または調達後に建設サイトに輸送する時点から事故が起こる可能性が高まります。つまり、海上輸送時です。
次に、その機器が建設サイトに到着すると、建設作業が開始されます。建設サイトは最も事故が起こりやすい場所と言えます。
よって、EPC契約においては海上輸送中、および建設中に保険が必要になります。
では、上記を踏まえて、具体的に必要となる保険を見ていきましょう。
EPC契約における保険の種類
(1)貨物海上保険(Marine Cargo insurance)
プラント建設用資材・機械類の海上輸送中の事故によって生じた損害がカバーされます。人身事故は対象とはならず、物損事故のみが対象となります。
(2)工事保険(All Risk Insurance)
プラント建設用資材・機械類が建設サイトに搬入された時点から、プラントの検収の間に生じた損害をカバーします。こちらも人身事故は対象とはならず、物損事故のみが対象です。
プラント建設用資材・機械類が搬入される前に建設される工事現場事務所の火災等の損害もこの保険でカバーされます。なお、工事保険はAll Risk Insuranceと呼ばれますが、だからといってありとあらゆるリスクが保険でカバーされるわけではありません(詳細は次回以降の工事保険の解説で触れます)。
(3)操業遅延保険(Delayed Startup (Advance Loss of Profit))
上記(1)または(2)に該当する物損事故が起きたことでコントラクターの工程が遅れてしまい、その結果納期遅延が生じた場合にオーナーが被る逸失利益等の損害をカバーします。
この保険は、コントラクターによる契約違反によって納期に遅れた場合ではなく、あくまで上記(1)または(2)に示した物損事故が原因で納期に遅れた場合に保険金が支払われます。もっとも、逸失利益をカバーするこの保険の保険料は、その他の保険と比べて割高です。
(4)第三者賠償保険(Third Party Insurance)
プラント建設工事の遂行に起因して、工事関係者以外の第三者に生じた人身事故または財物の損壊をカバーするものです。プラントやそれを構成する機器の損壊はこの保険ではなく、上記(2)の工事保険がカバーします。
(5)労災保険(Worker’s Insurance)
工事に従事する従業員の、業務上における労災をカバーするものです。
(6)使用者賠償責任保険(Employer’s Liability Insurance)
上記の労災保険には上限があります。それを超えた損害が被害者に生じた場合には、事故を起こした従業員が属する企業に対して賠償請求がなされます。この労災保険でのカバーを超える分の賠償責任額をカバーするのが使用者賠償責任保険です。
(7)自動車保険(Automobile Insurance)
自動車運行に関するリスクをカバーするものです。
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Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
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