英米法の「懲罰的損害賠償の禁止」の原則
1. LDに関する条文と一緒に定められてることがあるこの条文は何?
EPC契約のLDについて定めた条文の中で、以下のような条文を見たことがありますでしょうか?やや長めですが、ちょっと読んでみてください。
The parties agree that the Owner’s actual damages in the event of a failure to achieve Provisional Acceptance by the Deadline for Provisional Acceptance would be extremely difficult or impracticable to determine.
After negotiation in good faith, and in light of other considerations provided by the Supplier to the Owner pursuant to this Contract, the parties agree that the Delay Liquidated Damages are fair and reasonable compensation of the damages likely to be sustained by the Owner as a result of the Supplier’s failure to achieve Provisional Acceptance by the Deadline for Provisional Acceptance.
2. 意味は?
これまで、このような条文が定められているのを見たことが私は、数回あります。
それは、EPC契約の中でも、特に規模が大きな案件であることが多かったように思います。
上記の条文の大意は概ね以下の通りです。
「納期遅延の場合の実際の損害額を算定するのはものすごく難しいです。
この契約に定められている納期LDは、契約当事者間でしっかりと議論した結果です。
そして、納期LDの額は、供給者(コントラクター)が納期に遅れることによってオーナーが実際に被りそうな公平かつ合理的な損害額です。」
いかがでしょう?
これは、一体何のために定められている条文なのでしょうか?
3. なぜこんな条文が定められているのか?
実は、この条文が定められている理由は、英米法のある重要な原則と関係があります。
それは、「懲罰的損害賠償の禁止」という原則です。
「え?英米法って、懲罰的損害賠償はOKでしょ?」
こう思われた方も多いかと思います。
確かに、米国では、「ある企業が裁判で多額の懲罰的損害賠償を課せられた」ということがニュースになることがありますよね。
しかしこれは、不法行為に対する懲罰的損害賠償が認められているに過ぎないのです。
つまり、「契約上の合意として懲罰的損害賠償を定めること」は、英米法の下でも禁止されているのです。
ここで、LDを契約に定めた場合、その金額が不当に高すぎると、「契約上の合意として懲罰的損害賠償を定めたものだ」と判断されてしまう可能性があります。
もしも実際にそう判断されると、それは無効とされてしまいます。
これを避けるために考え出されたのが、上記の条文です。
「このLDは、当事者間でちゃんと協議して合意したもので、しかもそれは、実際に生じる損害額です」と定めておくことで、裁判所等に、「お、そうなのか。このLDは特段高額過ぎるというわけでもないのだな。つまり、懲罰的損害賠償ではないのだな」と思ってもらいやすくするという狙いがあります。
そして、EPC契約の中でも特に規模の大きな案件に多く定められている理由は、それだけオーナーが契約条件に拘っており、英米法に詳しい法律事務所に対して、オーナーにとって万全の契約書をドラフトすることを求めている結果だと思います。そのような法律事務所は当然、英米法の「懲罰的損害賠償の禁止」の原則を熟知しているため、念のために入れてくるのだと思います。
4. 効果は?
では、この条文があることで、LDは絶対に懲罰的損害賠償と絶対に判断されなくなるのでしょうか?
この点はわかりません。
しかし、実際に納期遅延が起こり、LDの支払いについて紛争になり、裁判なり仲裁で争われ、実際に生じたオーナーの損害が、契約に基づいて算出されたLDよりも大幅に下回っていることがわかり、かつ、契約締結当時に、コントラクター側が渋々その条文に合意したという事情があったことが判明すれば、定められていたLDは「懲罰的損害賠償である」と認められることになるのではないかと思います。
契約書に書いてあるからという理由だけで常に問題なし、となるのであれば、英米法の原則である「懲罰的損害賠償の禁止」というルールが実質的にはないものになってしまいかねません。
5. 対処法は?
では、この条文が定められていた場合、どのようにするのがよいのでしょうか?
私は、削除する必要まではないと思います。
というのも、実際にLDの金額は当事者間で協議の上で合意されるものであるはずだからです。
もしも相手が提示してきたLDの金額が不当に高いと思った場合には、LDの金額について協議すればよいのです。
もしも当事者間の力関係で無理やり不当に高額なLDで合意させられそうになった場合には、「上記の条文には合意できない」という抵抗をする、ということでせめて対抗するというのもあるかもしれませんが、逆に上記の条文を削除したからといって、「契約に定められているLDの金額が不当に高いものである」と認定されやすくなるわけでもないと思います。
これであなたもLDマスターになれる!
納期遅延の場合のコントラクターの責任④ sole and exclusive remedy
EPC契約の責任関係をもっと知りたい方はこちら!
海外インフラ系の事業の英文契約書の頻出用語を知りたい方はこちら!
『英文EPC契約の実務』は、お陰様で出版から6度の増刷となっております。
この本は、
・重要事項についての英語の例文が多数掲載!
・難解な英文には、どこが主語でどこが動詞なのかなどがわかるように構造図がある!
・もちろん、解説もこのブログの記事よりも詳しい!
・EPCコントラクターが最も避けたい「コストオーバーランの原因と対策」について、日系企業が落ちいた事例を用いて解説!
・英文契約書の基本的な表現と型も併せて身につけることができる!
ぜひ、以下でEPC契約をマスターしましょう!
EPC契約のポイントの目次
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |