EPC契約における支払条件とキャッシュフロー
EPC契約は、民法でいえば、請負契約に該当します。
つまり、「当事者の一方(請負人)が相手方に対し仕事の完成を約束し、他方(注文者)がこの仕事の完成に対する報酬(対価)を支払うことを約束することを内容とする」契約です。
日本の民法では、この請負契約は、「後払いが原則」(民法633条)です。
つまり、仕事が完成したときに契約金額全額が支払われることになります。
しかし、日本においても海外においても、EPC契約において全額後払いということは「絶対にない」と言ってよいでしょう。
なぜなら、全額後払いをされたら、コントラクターはキャッシュ不足に陥り、とてもプラントを建設することができないからです。
EPC契約は、契約金額がかなり高額です。
数百億円規模になるのは当たり前で、ときには数千億円にもなります。
更には、一兆円を超えるような場合もあるのです。
そのような莫大な金額を全額後払いにされたら、コントラクターは倒産してしまう可能性すらあるでしょう。
では、どのようなタイミングで契約金額は支払われるのでしょうか?
概ね、次のようなものが一般的です。
前払金
中間払い(これが何度かある) 検収時払い 瑕疵担保責任期間満了時 |
→
→ → |
契約金額の10~20%程度
この時点で合計で契約金額の90~95%程度が支払われる 契約金額の5~10%程度 |
以下、上記の各支払について解説します。
前払金について
前払金は、一般的に、次の条件が満たされた場合にオーナーからコントラクターに対して支払われます。
コントラクターがオーナーに対して履行保証状を差し入れる。
コントラクターがオーナーに対して前払金返還保証状を差し入れる。
中間払いについて
中間払いは、契約によって、「ある一定の期間時に支払われる」という方法がとられる場合と、「ある一定のレベルの仕事がなされた時点で支払われる」という方法のどちらかが取られることが一般的です。
前者は、「契約締結から3ヶ月後に○米ドル、5ケ月後に△米ドル、10ケ月後に◇米ドル支払われる」という形です。
後者は、「設計図書を完成時に○米ドル、機器Aをサイト搬入時に△米ドル、機器Bをサイト搬入時に◇米ドル支払われる」という形です。
検収時払い
これは、その名の通り、プラントが検収された時点でオーナーからコントラクターに支払われるものです。つまり、検収条件を満たさない限り支払われません。この時点でコントラクターは契約金額の大部分を回収することになります。
瑕疵担保責任期間満了時の支払
これも、その名の通り、瑕疵担保期間が満了したときに支払われるものです。これでコントラクターは契約金額の全額の支払いを得ることになります。
黙っていては支払いを受けられない
この支払条件についての注意点は、「コントラクターは黙っていては対価の支払いを得られない」ということです。
上記のいずれの支払についても、EPC契約書には、コントラクターがオーナーに提出するべき書類の内容が明記されています。
つまり、ある時期が来たら、自動的に対価がオーナーから支払われるのではなく、必要な書類をオーナーに提出する必要があります。
その後、コントラクターから提出された書類をオーナーが確認し、不備がなければオーナーは対価を支払いますが、不備がある場合には、コントラクターはその不備を直して書類を再度提出し直さなければならなくなります。
よって、コントラクターは、いかなる書類をいつまでにオーナーに対して提出しなければならないのかを十分に確認するようにしてください。
オーナーが契約金額を不当に支払わない場合の対処
コントラクターが支払を受けるために必要な書類を整備してオーナーに提出したにも関わらず、オーナーが正当な理由なく対価を支払ってくれない場合には、コントラクターはどうしたらよいでしょうか?
もちろん、オーナーに連絡して、「早く支払ってください」と請求するべきでしょう。
しかし、それだけではオーナーは平気で無視してしまうかもしれませんよね?
速やかに支払おうとしないオーナーに対して、「早く支払わないと!」と思わせる必要があります。
そのためには、「オーナーが嫌がること」が起きるようにすればよいのです。
では、何をすればオーナーは嫌がるのでしょうか?
一つは、オーナーが契約金額をEPC契約に従って支払わない場合には、「コントラクターは作業を中断できる」としておくべきです。
オーナーは、納期までにプラントを完成して欲しいと切実に願っているのが通常です。
それに遅れると、プラントの運転が遅れるので、プラントを使った商売をするのが遅れます。
つまり、オーナーが利益を得るのが遅れるのです。オーナーがこれを非常に嫌がること間違いありません。
そこで、EPC契約に「オーナーの支払い義務違反の場合には、コントラクターは作業を中断することができる」と定めておくのです。そして、この中断によって遅れる工程分だけ納期は延長されることとします。さらに、この中断によってコントラクターに生じる追加費用はオーナーが負担することも定めておきます。
こうしておけば、オーナーは理由なく対価の支払いを留め置くわけにはいかなくなります。
遅延利息
もう一つ対策があります。
それは、遅延利息を定めておくことです。
オーナーの支払が遅れるということは、コントラクターの手元にお金が入るのが遅れるということです。
コントラクターは、対価が支払われれば、それを銀行に預けておき、その間利息を得ることができたはずです。
つまり、その利息分だけ損害を被っていると言えます。
そこで、コントラクターはオーナーに対して遅延利息を請求することができるのです。
このことは、コントラクターはEPC契約書に定めておかなくても言えることではあります。
しかし、コントラクターがオーナーに対して請求できる利息の金額を契約書に定めておくことをお勧めします。
もしもこれを定めておかないと、法定利息、つまり、法律で決められた利息に自動的に決まってしまいます。
国によって、法定利息はまちまちですし、もしかすると、かなり低い利息が設定されているかもしれません。
そこで、EPC契約中に、オーナーの支払が不当に遅れた場合の遅延利息を定めておくと効果的です。
オーナーとしては、支払を遅らせると、遅延利息分だけ多く支払わなければならなくなるので、これはオーナーが嫌がることになりますよね。
上記の様に、オーナーの支払遅延対策としては、「コントラクターの中断権」と「遅延利息」を定めておくとよいでしょう。
通貨
支払い条件の最後は、契約金額の通貨の話です。
契約金額は、いかなる通貨で支払ってもらうかで大分差が出ます。
米ドルで支払ってもらうのか?
ユーロか?
円か?
それ以外の通貨か?
差がつくのは、通貨間の為替が変動するからです。
そして、契約金額は、必ずしも単一の通貨でなければならないわけではありません。
全体のX%を米ドルで、Y%をユーロで、ということもできます。
これは営業の方が諸要素を勘案して決めるべき事項です。EPC契約の記載に契約金額の通貨とその割合が適切に反映されているのか十分に確認するようにしましょう。
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EPC契約のポイントの目次
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |