オペラハウスのコストオーバーランの原因
「諸君。これが私たちの街の新たなランドマークとなるにふさわしい建築物である!」
1955年。ある街に新たな建築物を建設することになり、その建築物の設計に関するコンペが開催されました。
世界中から公募を受け付けた結果、全部で200件を超える様々なデザイン案が提案されました。
多くの独創的なデザインの中からどの1つを選ぶべきか、審査員たちは頭を悩ませました。
そんなとき、審査会場に遅れてやってきた審査員の一人が、一次審査で落とされたデザインの中から1つを取り出し、冒頭にあるように叫び、そしてそれがそのまま採用されました。
(遅刻してきて、一度落選した案を復活させるなんて、余程決定権を持った人だったのでしょうか)
これが、その完成後に、過去例にない斬新なデザインのために、当初の狙い通り世界中の人々を魅了し、この街のランドマークとなるだけでなく、遂には世界遺産にまで登録されるに至る建築物のデザインが選出された瞬間でした。
1959年、早速そのデザインに基づき建設作業が開始しました。
・・・が、その後、当初の予定期限を過ぎても、一向に完成しません。建設費用もどんどん増えていきます。そのうち、このデザインを考案した者はプロジェクトから外されてしまいました。
結局、この建築物が完成したのは、当初の完成予定時期から10年後。工事費用は当初の14倍にも膨れ上がりました。
この建築物は、オーストラリアはシドニーにあるオペラハウスです。
オペラハウスの建築は、どうしてこんなに予定の期間と費用を超えたのでしょうか?
みなさんご存知の通り、オペラハウスの屋根の形は極めて独創的です。
あのような形の屋根が、力学的に安定した建物として存在し得るのか、当時の建築技術では検証できていませんでした。
それにも関わらず、「デザインが素晴らしい!はやく完成させたい!」という気持ちから、実現可能性を吟味する前に予算が決まり、工期も決まり、そして工事が開始されたのです。
つまり、世界で「初めて」のデザインをもつ建築物なのにも関わらず、できるかどうかもわからないうちに工事期間と建設費用を決めたのでした。これではその期間と費用内で完成できるはずがありません。
・・・しかし、意外と、失敗する案件というのは、こういうものです。
「この程度の規模の建造物なら、〇年くらいで出来るだろう。」
「いつもは▲ドルで出来てるから、今回もその程度でいけるだろう。」
こういう、「前と同じで大丈夫」という考えが巨額損失を発生させます。
なぜ、「初めての案件」なのに、「前と同じで大丈夫」と考えてしまうのか・・・?
後日談ですが、オペラハウスのデザインを考案したデンマークの建築家ヨーン・ウツソンは2003年にオペラハウス設計の栄誉を称えられ、シドニー大学から名誉博士号を授与されました。
同時に、オーストラリア勲章も授与されました。
しかし、途中でプロジェクトから降ろされたからでしょうか。プロジェクトから身を引いた後は、一度もシドニーの地を訪れることはありませんでした。
ちなみに、この建設費用は公共工事でしたので、宝くじ資金等により1975年に完済されました。
このことから、「被害者なき巨額損失案件」などといわれることもあるようです(とはいえ、このコストオーバーランがなければ、宝くじの収益を他のことに回すことができたと考えると、被害者がいなかったといえるのか疑問ですが・・・)。
いわゆる海外における建設案件において、海外の企業も日系企業も、時々失敗しています。
その失敗事例のいくつかに当てはまる共通点は、上記の様な「初めて」の案件であるということなのです。
その損失額は、数百億円どころか、数千億円になることもあります。
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EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
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Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |