EPC案件でLOIが出されたときの社内的な対応
事例
お客さんであるオーナーからあなたの会社に出されたEPC案件の仕事を契約締結前に進めることを求めるLOIが発効されました。
しかし、その内容はお粗末で、単に「仕事をすぐ縫に始めてください」というものでした。
それを営業担当から見せられた法務担当であるあなたは、「仕事の範囲と対価・支払い条件を明記してもらわないと大きなリスクです」と回答しました。
しかし、営業担当は、「そんな要求をしてお客さんが怒ってこの案件をうちにくれなくなったら、法務(お前)のせいだぞ、コラッ!!」と脅してきました。
対処方法
この場合の対象方法は、以下です。
それは、「トップ(営業部長、事業部長、さらにその上の役職の人など、とにかくしかるべき人)に相談しましょう」という。
というのも、この場合、LOIをあるべき内容に修正するように要求せず、オーナーから出されたLOIのままで仕事を進めた場合のリスクがどのようなものであるかはこの時点で明らかです。
そのリスクを認識した上で、それでもそのままオーナーの要望に応えて仕事を先に進めるか、または、オーナーを怒らせてしまい、その結果、失注のリスクがあるが、それでもオーナーに修正を求めるかは、もはや法的なリスクの有無や内容を判断する段階ではなく、事業判断の問題に至っているからです。
この事業判断を下す段階に至っている問題を、法務と営業の担当者レベルであーだこーだ議論しても無意味です。
それどころか、ここでもしも、法務担当者が営業担当者の脅しに負け、「はあ・・・。それなら、このままでもいいと思います」と回答をし、それを受けて営業担当者が「法務がこのLOIで問題ないと言った!」としてそのままLOIに従い仕事を進め、最終的にEPC契約が締結されず、LOIに基づいて行った仕事の対価を巡る紛争が勃発した場合には、「どうして法務は、そんなLOIで問題ないと言ったのか?」という話になります。
また、この場合、営業担当者は何らの責任を負わないかといいますと、そうでもありません。法務担当者が一度「LOIの修正をアドバイスしたのに、どうして営業担当者はそんな脅しまがいの態度を取ったのか?」または「どうしてこんな重要な問題を、法務の一担当者に相談しただけで進めたのか?」という点が問題にされる可能性もあります。
「した仕事の対価を得られないかもしれないリスク」というのは、会社の中では非常に重大なものです。
そのリスクを負うかどうか、失注の可能性があっても、そのリスクを回避するための方法をとるかどうかは、一担当者レベルで決められるものではないと私は思います。
そのため、そのLOIに関するリスクを明らかにした上で、しかるべき役職の人の判断を仰ぐ、というのは、社内の意思決定として適切なプロセスです。
トップ等の上の人に対して判断を仰ぐ際には、以下のような説明が必要になるでしょう。
法務的観点:
- オーナーが提示するLOIに潜む問題点
- その問題を回避するための方法(具体的にはどのような文言をLOIに定めるべきか)
- 仮にオーナーの提示したLOIのままで仕事を進め、正式なEPC契約が締結されなかった場合、紛争解決手段として仲裁等に進むが、その解決にはどの程度の期間が必要となるか
- 最終的に自社がどれだけ回収しえるのか?
営業的観点:
- 現実問題として、過去このオーナーから同種のLOIで自社が受けている事実、
- なぜ正式なEPC契約の締結が遅れているのか、それはいつまでに解消し、正式なEPC契約が締結されるに至る見込み時期はいつなのか?
- その見込み時期までに進める仕事の内容と費やす費用の金額はどれほどか?
- 今回法務のアドバイスに従いLOIの文言の修正を申し出ると、失注になる可能性は実際どのくらいあるのか?
その上で、営業部門としては、このまま進めたいのか、それとも、法務のアドバイスに従いたいのかをしかるべき役職の人に伝えれば、その方も判断を下しやすいと思います。
このようなプロセスを経た結果、最終的にどちらを選択し、それでもよい結果にならなかったとしても、それは、社内で適切なプロセスを経た上でのことなので、やむを得ない、ということになります。
もっとも、あえて、その思わしくない結果の責任を負うのは誰になるのかと言えば、それはもちろん、その判断を下した方、ということになりますが、それは組織として当然のことと言えると思います(上に立つ人の役割は、正にここにあると私は考えます)。
この点、上記のように、上の人に判断を仰ぐことは、担当者たちの「逃げ」だと考える人もいるかもしれません。つまり、上の人に責任を押し付けて、自分たちはどのような結果になっても責任を取らないで済むようにするための姑息な方法だと考える人もいるかもしれません。
しかし、トップを含めた役職が上の人達の一番の仕事は、「いっくら考えてもどっちがいいか担当者たちではわからない問題について、「こっちでいく!」と決めること」だと私は思います。
どっちで進めたらよいのか論理必然的に明らかな問題については、いちいち上の人に判断を仰ぐ必要は、本当はありません。社内のルーチーンとしてそのような事項も上にあげる、という方法をとっている組織もあると思いますが、そのような仕事は、上の人の本来の仕事ではなく、「担当者レベルで勝手にやってくれ」というのが本当です。
今回のLOIに関する一連の記事で私がお伝えしたいのは、「LOIの問題点とあるべき内容」であることは確かですが、それと共に、特に若手の営業・法務担当の方々には、「自分たちで進めてしまってよい問題と、上の人に判断を仰ぐべき問題の区別を意識することの大切さ」そして、「上の人に判断を仰ぐ際には、各選択肢におけるリスクを明示する、つまり、判断を下すための材料を揃えてあげること重要性」、さらには、「そういった地味なことも立派な仕事である」ということです。
特に、やる気にあふれた若手の人は、なんでもかんでも自分だけでなんとかしようと思ってしまいがちですが、上手に上の人に判断を仰ぐことを心がけると、仕事がずっと進めやすくなると思います。
『英文EPC契約の実務』は、お陰様で出版から6度の増刷となっております。
この本は、
・重要事項についての英語の例文が多数掲載!
・難解な英文には、どこが主語でどこが動詞なのかなどがわかるように構造図がある!
・もちろん、解説もこのブログの記事よりも詳しい!
・EPCコントラクターが最も避けたい「コストオーバーランの原因と対策」について、日系企業が落ちいた事例を用いて解説!
・英文契約書の基本的な表現と型も併せて身につけることができる!
ぜひ、以下でEPC契約をマスターしましょう!
EPC契約のポイントの目次
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |