下請けとして機器供給をする契約の注意点(その②)
1. EPC契約のおける納期
EPCコントラクターのプラント建設の納期は、通常、プラントを建設し、試験を受けてそれに合格し、検収に至る時点です。
そして、この時点で、EPCコントラクターは納期遅延の責任から解放されます。つまり、これ以後は納期LD(納期遅延のための損害賠償額の予定・LDはliquidated damagesの略)を支払わなくてよい、ということになります。また、プラントについての危険がEPCコントラクターからオーナーに移転します。さらに、オーナーの差し入れていた履行保証ボンドも返してもらえるのが通常です。
では、EPCコントラクターの下請けとして機器を供給する場合、その下請けの納期はいつとするべきでしょうか?
EPCコントラクターの場合と同様に、プラント全体の検収時点でしょうか?
とすると、下請けが機器についての納期LDから解放されるのも、機器についての危険が移転するのも、EPCコントラクターに対して発行している履行保証ボンドを返してもらえるのも、プラント全体の検収時でしょうか?
もしもそのようにすると、機器だけを供給する下請けにとって、非常に不利になるように思います。
では、具体的には、どのような不利益があるのか、その対策について今日はお話ししたいと思います。
2. 下請けに生じる不利益
具体例を使って考えてみます。
オーナーとA社間でEPC契約を締結しました。そして、A社とB社間でプラントを構成する機器を供給する契約を締結しました。図にすると以下のような契約形態です。
その機器供給契約には、「機器の検収は、プラントの検収時とする。危険は検収時に移転する」と定められているとします。
B社は、A社との間で締結した機器供給契約に定められているスケジュールに従ってA社の工事サイトに機器を運び入れました。
上記を前提に、次の2つのケースを見てみます。
[ケース1] 危険の移転時期が遅れることで生じる不利益
その後A社の不手際でプラント全体の完成が予定よりも大幅に遅れました。そして、B社が機器をA社の工事サイトに運び入れてからプラント全体の検収がなされるまでの間に、どちらの当事者にも原因がない事由(例えば現地での大地震等)によって、B社が供給した機器が破損してしまいました。
ここで、機器供給契約に従うと、未だ機器についての危険はコントラクターであるB社にあるので、B社は無償で修理しなければならなくなります。
A社の不手際がなければ、プラント全体の検収後に危険がA社に移転した後で機器が破損していたはずでした。その場合、B社は有償で修理することになっていたはずです。
[ケース2] 納期LDの責任を免れる時期が遅れることで生じる不利益
A社は、オーナーから納期に遅れたことを理由に、納期LDを請求されました。
このとき、A社は次のように考えました。
「B社は、自分たちとの契約に基づいて適切に機器を工事サイトに運び入れてきた。しかし、契約上は、「機器の検収時期はプラントの検収時」と定められている。つまり、プラントの検収に遅れた場合には、機器の検収も遅れたことなる。よって、機器の検収の遅れについての納期LDをB社に対して請求しよう」
そしてA社は、オーナーから請求されたその納期LDの一部について、B社に請求してきました。
もちろん、B社は次のように反論しました。
「自分たちは、A社との間で締結された契約に従い、スケジュール通りに機器をA社の工事サイトに運び入れた。検収が遅れたのは、その後のA社のプラント全体に対する検収が遅れたことに原因があるので、自分たちがA社に対して納期LDを支払う義務はない」
B社の言い分は正論です。遅れにB社に原因はないのですから。
しかし、A社は、この点を認めてしまうと、オーナーから請求されている納期LDを全額自分たちだけで支払わないといけなくなるので、B社の機器にある些細な欠陥を捉えて、「B社の機器にも一部不具合があった。プラントの検収に遅れた原因の一部は、B社にもある。よって、納期LDを支払う責任がB社にもあるはずだ」と主張し、B社から差し入れられている履行保証ボンドに基づく請求をボンド発行銀行に対して行い、銀行はそれに基づきA社に支払ってしまいました。
こうなると、B社は、A社に対してその金額の返還請求を仲裁なり、裁判なりでしていかなければならなくなります。この手続きには、年単位での時間がかかります。弁護士費用や社内でこれにかける労力は凄まじいものになり得ます。
3. 対策
[ケース1]については、B社の機器の危険の移転時期は、B社による機器のA社の工事サイトへ運び入れた時点、または、その後の何らかの試験の後(プラント全体の試験ではない)とするべきです。
危険をどちらが負担するべきかという議論は、どちらがその物に対して支配している状態にあるのか?という点で決められるべきです。その理由は、物を支配している当事者こそが、地震や津波といったどちらの当事者にも原因がない事由から物を守ることができる立場にいるためです。この場合、機器をA社の工事サイトに運び入れた時点で、物の管理はA社が行うことになるわけですから、A社に危険が移転する、とするべきでした。
[ケース2]については、B社に何らの落ち度がない場合であれば、Aの主張は単なる言いがかりとなります。おそらく、時間と労力はかかりますが、裁判や仲裁でも最終的には勝てる見込みが高いと思います。
しかし、もしもわずかでも機器に不具合があった場合には、A社の主張がある程度支持される可能性が出てきます。つまり、実際には、プラントの検収が遅れたのはA社に大部分の原因があったのだが、B社にも落ち度があったのだから、納期LDをB社も支払わされるという結論になりえます。
これは、B社が納期LDから解放されるのが、プラントの検収時と契約に定められていることが大きな原因です。B社は、A社に機器を引き渡した時点で、機器については検収をA社から受け、それ以後は納期LDについての責任を一切問われなくなる、という契約にしておくべきでしょう。さらに、履行保証ボンドも、機器をA社に引き渡した時点で半額に減額される(履行保証ボンドを返還してもらうのは性能についても確認された後、つまり、プラント全体の検収後)、という定めにしておけば、不当なボンド請求による被害をある程度抑えることができます。
以上を図にすると以下のようになります。
4. 上記の対策は不公平か?(EPCコントラクターに認めてもらえるのか)
上記をまとめると、次のようになります。
B社による機器のA社の工事サイトへの運び入れ(またはその後の機器についての何らかの試験合格(プラント全体の検収前))の効果として、以下を定める。
・機器についてのA社による検収
・機器についての納期LDの責任からの解放
・機器についての危険のA社への移転
・履行保証ボンドの減額(半額程度)
上記は、不公平な内容でしょうか?
私は不公平ではないと思います。
なぜなら、B社の仕事は、「プラントを完成させること」ではないからです。
B社の仕事は、あくまで「A社との間の契約を履行すること」、つまり、「ある特定の機器をA社に供給すること」です。
よって、A社に機器を供給するところまでが仕事です。
もちろん、プラントの検収時の試験において、B社の機器に不具合があれば、それは無償で修理します。決して、A社に渡したからそれ以後何らの責任も負わない、ということではないのです。
前回の保証期間の定めと合わせて、この納期・検収がらみについても、ぜひ注意して契約書を検討・修正するようにしてみてください!
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EPC契約のポイントの目次
【私が勉強した原書(英語)の解説書】
残念ながら、EPC/建設契約についての日本語のよい解説書は出版されておりません。本当に勉強しようと思ったら、原書に頼るしかないのが現状です。
原書で勉強するのは大変だと思われるかもしれませんが、契約に関する知識だけでなく、英語の勉強にもなりますし、また、留学しなくても、英米法系の契約の考え方も自然と身につくという利点がありますので、取り組んでみる価値はあると思います。
EPC/建設契約の解説書 | EPC/建設契約の解説書 | 納期延長・追加費用などのクレームレターの書き方 |
法学部出身ではない人に向けて、なるべく難解な単語を使わずに解説しようとしている本で、わかりやすいです。原書を初めて読む人はこの本からなら入りやすいと思います。 | 比較的高度な内容です。契約の専門家向けだと思います。使われている英単語も、左のものより難解なものが多いです。しかし、その分、内容は左の本よりも充実しています。左の本を読みこなした後で取り組んでみてはいかがでしょうか。 | 具体例(オーナーが仕様変更を求めるケース)を用いて、どのようにレターを書くべきか、どのような点に注意するべきかを学ぶことができます。実際にクレームレターを書くようになる前に、一度目を通しておくと、実務に入りやすくなると思います。 |
納期延長・追加費用のクレームを行うためのDelay Analysisについて解説書 | 海外(主に米国と英国)の建設契約に関する紛争案件における裁判例の解説書 | 英国におけるDelay Analysisに関する指針 |
クリティカル・パス、フロート、同時遅延の扱いに加え、複数のDelay Analysisの手法について例を用いて解説しています。 | 実例が200件掲載されています。実務でどのような判断が下されているのかがわかるので、勉強になります。 | 法律ではありません。英国で指針とされているものの解説です。この指針の内容は、様々な解説書で引用されていますので、一定の影響力をこの業界に及ぼしていると思われます。 |
Society of Construction Law Delay and Disruption Protocol
2nd edition February 2017 |