英文契約書の一般条項~権利放棄条項~
1. 権利放棄条項とは何か?
権利放棄条項というと、なんとなく、「権利を放棄する結果となる条項」であるように思いますよね。
しかし、実は、その逆で、「権利を放棄しない扱いとする条項」を指します。
日本語では、次のような条文です。
「契約当事者の一方が、本契約に基づく何らかの権利を行使しなかった場合またはその権利行使が遅延した場合でも、そのことにより当該権利を放棄したものとはみなされない。また、契約当事者が何らかの権利またはその一部を行使したに過ぎない場合でも、当該当事者によるその権利のさらなる行使や、本契約上または法律上行使可能なその他の権利の行使が妨げられることはない。」
・・・難しくて、読んでも意味がすぐには分かりにくいかもしれません。
一般条項の中でも、この権利放棄条項は、それが適用される場面が最も具体的にイメージしにくい条文ではないかと思います。
この権利放棄の条文は、以下のように2つに分割すると、少しは理解しやすくなります(依然として理解しにくいですが・・・)。
(1) 「契約当事者の一方が、本契約に基づく何らかの権利を行使しなかった場合またはその権利行使が遅延した場合でも、そのことにより当該権利を放棄したものとはみなされない。」
これは、一言で言い表すなら、「前に一度権利を行使しなかった場合でも、次回その権利を行使できる条件が満たされた場合には、その権利を行使できるよ」という意味です。
ある権利が与えられているのに、それを使えるときに使わなかった契約当事者がいたとします。
すると、その当事者は、もう二度とその権利を行使できなくなるのでしょうか?
これには、2つの考え方がありえるでしょう。
一つ目は、「一度権利を行使しなかったということは、次も、その次も、もうその権利は行使しないと解釈するべき!」
もう一つは、「権利行使をしなかったのは、その一回だけで、次回は普通に権利行使可能と解釈するべき!」
これについて、「後者の解釈を採用することを明確にしておこう!」というのが、権利放棄条項です。
つまり、前にその権利を使えた場面では、何かの理由で使わなかったけれど、それは、その権利それ自体を放棄したわけではないよ、ということを定めておくのです。
具体的には、売買契約における対価の分割払いにおける売主の代金請求権が挙げられます。
ここでは、契約上、売主は買主に対して、売買の対価を、①契約締結時と②製品の引渡時の2回に分けて請求できることになっていたとします。
ここで、最初の支払い時期である契約締結時に買主が対価の支払いを遅れてしまったとします。
この場合、売主は、対価の支払いを遅延した買主に対して、遅延利息を請求する権利を得ます。
しかし、売主は、「まあ今回は、遅延利息を支払わなくてもいいよ。でも、次はしっかり期限までに対価を支払ってね」と言ったとします。
このとき、売主は、一回目の対価の支払いの遅延によって生じた遅延利息請求権については放棄したわけです。
しかし、二回目の支払いの遅延が生じた場合の遅延利息請求権まで放棄したと扱われてしまうと、売主としては嫌ですよね?
この点、上記の権利放棄条項が定められていれば、「前に一度権利を行使しなかった場合でも、次回その権利を行使できる条件が満たされた場合には、その権利を行使できる」ということが明確に契約に定められているので、この点について争いになることは避けることができます。
(2) 「また、契約当事者が何らかの権利またはその一部を行使したに過ぎない場合でも、当該当事者によるその権利のさらなる行使や、本契約上または法律上行使可能なその他の権利の行使が妨げられることはない。」
一方で、ある権利を行使できる場面で、契約当事者は権利を行使したとします。
しかし、与えられた権利の全部を行使したわけではなく、権利の一部のみを行使した場合、残りの部分の権利を後で行使することができると解釈するべきでしょうか?
この点、後からでも、残りの部分の権利を行使できることを明確にしているのが、上記の条文の青色部分です。
さらに、ある場面で行使できる権利が一つではなく、複数個あった場合に、その中の一つの権利を行使した場合、後になって、残りの権利も行使できるのか?という問題について、行使できることを明確にしているのが、上記の条文の黄色部分です。
青色部分は、一つの権利の一部の行使の問題であるのに対し、黄色部分は、複数個の権利の一つを行使した場合の問題であるという違いがあります。
以上を整理すると次のようになります。
- 与えられた権利を行使しなかった場合
- 与えられた権利を一部しか行使しなかった場合
- 複数の権利が与えられた中で一つの権利しか行使しなかった場合
これらの場合、行使しなかった権利を放棄したことにはならない。
2. 結局、権利放棄条文では何を注意すればよいのか?
長い説明になってしまいましたが、権利放棄条項をドラフトしたり、チェックしたりする際には、以下の点について注意しましょう。
(1) 権利を行使できたにも関わらず、何らかの理由でその権利を行使しなかった場合、次回その同じ権利を行使できると定められているか?
(2) 権利を行使したものの、それが一部の行使でしかなかった場合や複数の権利のうち全部を行使しなかった場合でも、あとで残りの権利を行使できるようになっているか?
通常は、この権利放棄条項を定めているか定めていないか、ゼロか百かの世界です。
なので、契約書をチェックする際は、この権利放棄条項が定められているのかいないのか?を確認することがメインとなり、定められていないときは、契約書のひな型集のようなものに定められている権利放棄条項を参考にして必要な修正を加えた上で入れ込む、ということで足りる場合がほとんどでしょう。
3. 権利放棄条項の英文
以下は、英文の権利放棄条項です。難しい英文ですが、訳と照らし合わせて確認してみてください。読んだときに、「これは権利放棄条項だ!」とわかるようにし、かつ、上記2で示したポイントが定められているかがすぐにわかるようにしておくとよいと思います。
No failure or delay by either party in exercising any right, power, or privilege under this Agreement operates as a waiver thereof, and any single or partial exercise by either party of any right, power, or privilege hereunder does not preclude further exercise of such right, power, or privilege, nor precludes exercise of any other right, power, or privilege available hereunder or under any applicable law.
訳:
契約当事者の一方が、本契約に基づく何らかの権利を行使しなかった場合またはその権利行使が遅延した場合でも、そのことにより当該権利を放棄したものとはみなされない。
また、契約当事者が何らかの権利またはその一部を行使したに過ぎない場合でも、当該当事者によるその権利のさらなる行使や、本契約上または法律上行使可能なその他の権利の行使が妨げられることはない。
- failure
不履行
- delay
遅延
- exercise
(権利など)を行使する
- privilege
特権
- waiver
放棄
- preclude
~を妨げる
- available
行使可能な
- applicable law
適用される法律
4. 穴埋め式練習
最後に、穴埋め式で練習してみましょう。
下の英文の空欄を、訳を参考に埋めてください。回答は下の英文の黄色部分です。
これを何度か繰り返すうちに、権利放棄の条文で使われる用語を身に着けることができます。
問題:
No failure or delay by either party in [exercising] any right, power, or [privilege] under this Agreement operates as a [waiver] thereof, and any single or [partial] exercise by either party of any right, power, or [privilege] hereunder does not preclude [further] exercise of such right, power, or privilege, nor precludes exercise of any [other] right, power, or privilege [available] hereunder or under any [applicable] law.
訳:
契約当事者の一方が、本契約に基づく何らかの権利を行使しなかった場合またはその権利行使が遅延した場合でも、そのことにより当該権利を放棄したものとはみなされない。
また、契約当事者が何らかの権利またはその一部を行使したに過ぎない場合でも、当該当事者によるその権利のさらなる行使や、本契約上または法律上行使可能なその他の権利の行使が妨げられることはない。
回答:
No failure or delay by either party in [exercising] any right, power, or [privilege] under this Agreement operates as a [waiver] thereof, and any single or [partial] exercise by either party of any right, power, or [privilege] hereunder does not preclude [further] exercise of such right, power, or privilege, nor precludes exercise of any [other] right, power, or privilege [available] hereunder or under any [applicable] law.
【一般条項の解説の目次】
総論
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完全合意条項・修正条項
契約に関する事項については、契約書にすべて定められている旨を定める条項 (正確には、口頭証拠排除の準則が適用されやすくするための条文) および 契約書を修正・変更するための条件を定める条項 |
契約書中で使われる文言の意味を定義する条項 |
無効な部分の分離条項
契約書中のある部分が無効と判断された場合、残りの部分は有効である旨を定める条項 |
定義条項その② 定義条項の注意点
契約書中で使われる文言の意味を定義する条項 |
権利放棄条項
ある事項について権利を保持する当事者がその権利を行使しなかった場合でも、その権利自体を放棄したものと解釈されないことを定める条項 |
準拠法
契約条文を解釈する際に適用する法律を特定するための条項 |
見出し条項
契約書中の条文のタイトルには法廷拘束力はなく、条文の解釈に何ら影響を及ぼすものではない旨を定める条文 |
紛争解決条項
契約に関する紛争を解決するための方法を定める条項 |
一般条項がわかるようになると得られるメリット |
通知条項
契約に関して必要となる通知の宛先を定める条項 |
全ての一般条項を必ず定めないといけないのか? |
契約期間
契約の有効期間を定める条項 |
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権利義務の譲渡制限
契約上の権利義務を第三者に譲渡することを制限する条文 |
役に立つ英文契約ライティング講座
①義務を定める方法 | ④shall be required to doとshall be obliged to doの問題点 | ⑦義務違反の場合を表す方法 | |
②権利を定める方法 | ⑤英文契約の条文は能動態で書くとシンプルかつ分かりやすい英文になる! | ||
➂shall be entitled to doとshall be required to do | ⑥第三者に行為をさせるための書き方 |
上記は、本郷塾の5冊目の著書『頻出25パターンで英文契約書の修正スキルが身につく』の24~30頁部分です。
英文契約書の修正は、次の3パターンに分類されます。
①権利・義務・責任・保証を追記する→本来定められているべき事項が定められていない場合に、それらを追記する。
②義務・責任を制限する、除く、緩和する→自社に課せられている義務や責任が重くなりすぎないようにする。
➂不明確な文言を明確にする→文言の意味が曖昧だと争いになる。それを避けるには、明確にすればいい!
この3つのパータンをより詳細に分類し、頻出する25パータンについて解説したのが本書です。
本書の詳細は、こちらでご確認できます。
英文契約書をなんとか読めても、自信をもって修正できる人は少ないです。
ぜひ、本書で修正スキルを身につけましょう!きっと、一生モノの力になるはずです!
【私が勉強した参考書】