責任上限と逸失利益のどちらが重要か?(その①~契約金額の100%を上限とすることの具体的な意味~)
責任上限と逸失利益の免責
責任上限とは、「契約違反した場合に相手方に対して負う損害賠償責任をある一定の金額に制限する」ものでした。
そして逸失利益の免責とは、「契約違反がなかったならば相手方が得られていたはずの利益(逸失利益)を賠償しなくてよいとするもの」でした。
これら両方ともが契約に定められている場合と、どちらも定められていない場合があります。
逆に、どちらか片方だけが定められている場合は、私自身はあまり見たことがありません。
ただ、もしかすると、これまで上記の2つについて定めないのが一般的であった業界においては、「仮に定めるとしたら、どちらか片方だけ」と、売主側が買主側から主張されることがあるかもしれません。
どちらがより重要か?
ここで考えたいのが、責任上限と逸失利益の免責は、どちらの方がより重要なのか?という問題です。
この点、ある契約雛形には、概ね次のようなことが記載されていました。
「責任上限が定められていれば、ある程度、売主側の責任が制限されているといえるので、逸失利益の免責までは定めなくてもよい」
これは確かに、1つの考え方です。
責任上限が定められていれば、仮に逸失利益を賠償しなければならなくなったとしても、その上限金額を超えた分については責任を負わなくてよいからです。
ただ、この「責任上限で足りる」という考え方をする場合、1つ注意していただきたい点があります。
それは、責任上限が契約金額の100%であった場合、これはどのような意味を持つか?という点を正しく理解できているかというものです。
私が会社員時代、ある案件を受注するかどうかが問題になったことがありました。
その案件は、会社にとって初めての案件で、しっかりとやり切れるか懸念があった、つまり、リスクがある案件だったのです。
ある会議の場で、ある部門の責任者の方がこう述べたそうです。
「この契約は、責任上限が契約金額の100%なので、最悪の場合でも、トントンであるから、リスクを負ってでも受注した方がよい」
この発言がどれほど効いたのかはわかりませんが、最終的にこの案件を進めることになりました。
2つの問題点
上記の責任上限に関する発言には、2つの問題がありますが、わかりますでしょうか?
おそらく、上記の発言をされた方は、次のように考えていると思われます。
「契約金額の100%まで責任を負えばよいということは、最悪でも、客先から支払ってもらった契約金額を返せばよいだけなので、自社には何等損害が生じない」
「最悪の場合でもトントンである」との発言からは、おそらく、このように考えているのだろうと推測されます。
しかし、「最悪でも、客先から支払ってもらった契約金額を返せばよいだけなので、自社には何等損害が生じない」というのは正しいのでしょうか?
例えば、契約金額10億円の案件だったとします。
そのうち、売主は1億円の利益が出ることを見込んでいました。
つまり、9億円分がその案件をやりきるために必要なコストとなります。
このコストの中には、材料費、輸送費、そして人件費などが含まれています。
つまり、買主から支払われた金額で、売主から外部に出ていく9億円を賄うことになるのです。
ここで、いったん客先から支払われた10億円について、あとで売主の契約違反として買主に10億円の損害賠償を支払わなければならなくなったとします。
すると、1億円の利益が売主の下に残らないのはもちろん、それだけでなく、材料費、輸送費、そして人件費などの売主から外部に出ていく金額である9億円は、売主が自分で負担しなければならなくなります。
つまり、売主は、9億円の損失・赤字を出すことになるのです。
これは、果たして「最悪の場合でもトントンである」と言えるでしょうか?
「トントン」とは、その案件を受注する前と後とで、自社の財務状態に全く変化がない場合に用いられるべき言葉でしょう。
しかし、契約金額を責任上限とし、その上限まで買主に賠償しなければならなくなった場合には、受注前後の財務状態は同じではないのです。
費用分は自腹になるので、上記の例では、売主は9億円のマイナスになるのです。
「トントン」とは、利益が出ないだけの場合、つまり、1億円の利益が出るはずだったのに、1億円の賠償をしなければならなくなったにすぎない場合に使うべき言葉なのです。
というわけで、上記の、「責任上限が契約金額の100%なので、最悪でもトントンである」というのは、誤り、または、ミスリーディングとなる言葉遣いであるといえます。
というわけで、責任上限が契約金額の100%というのは、売主にとって、決して「その程度なら負担してもよい」と簡単に思っていいようなものではないと考えるべきでしょう。
続きはこちら!