契約書のチェック・検討方法その②
こちらの主張を相手がのまない場合の対応方法
相手方から送付されてきた契約書のドラフトを検討しました。
自分の会社にとって不利な条項を修正・削除しました。
それを相手方に回答しました。
すると、相手方からこう言われました。
「あなたの修正してきた点について認めることはできない」
さて、このような場合、どうするでしょうか?
契約業務に関わっていると、このようなことは日常茶飯事です。
自分の会社は何ら不当なことや不公平なことを要求しているわけでもなく、他の契約書と同様の修正・削除をしただけなのに、そこが否定されて相手方から返ってきたりすることがあります。
今回は、このような場合の対応方法についてお話ししたいと思います。
再度挑戦する
まず考えられるのは、一度相手からはねつけられたくらいで簡単に諦めずに、なんとかこちらの主張を通すために再度相手に修正案を出す、という対応があるでしょう。
もちろん、こちらにまだ言い分があるのであれば、残らず主張すればよいと思います。相手方の懸念点を聞き出し、その上で自分たちの主張が如何に合理的な内容であるか、如何に公平な内容であるか、そして他の契約書でも定められている極々普通の要求であるか・・・などを主張します。
しかし、それでも相手がこちらの主張を認めてくれない場合はどうするべきでしょう?
2つの選択肢
この場合の選択肢は、大きく二つあります。
一つは、「こちらの修正案を認めてくれないなら、今回は相手と取引しない」という判断をすることです。
もう一つは、「今回は自分たちが譲歩し、相手の案で契約を締結する」という判断をすることです。
両極端な対応のような気もしますが、自分たちが一生懸命説明しても相手が折れてくれない以上、自分たちが取り得る態度はこのどちらかに行きつきます。
判断するのは誰?
では、上記のどちらを選択するかを判断するのは、社内では誰でしょうか?
このような質問をすると、「それは法務でしょ」と言う人がいます。
そのように答える人の理由は次のようなものです。
「契約書の検討・交渉の主担当は法務。それに、契約書を修正したのも法務。よって、その修正案が相手に受け入れられない場合にどうするかを決めるのも法務であるべき」
これは、完全に誤りです。
確かに、契約書を修正したのは法務部の人かもしれません。
しかし、企業の法務部にしても、外部の法律事務所にしても、契約検討における彼らの役割は、「契約書に潜むリスクを事業部門に明確に示し、そのリスクをできるだけ抑えられるような代替案を事業部門と協議の上で提案すること」です。
その代替案を提示した結果、相手が認めてくれない場合に、その取引自体をするかしないかを判断するのは、法務部門の役割の範囲外なのです。
では、誰が判断するのかといいますと、それは、その取引の担当部門です。つまり、事業部門です。
このとき、事業部門の方の中には、ときどき次のようなことを言う人がいます。
「法務部が「相手の案で契約締結していい」って言ってくれない限り、俺たちは契約にサインできない。ダメならダメって言ってくれ」
これは、完全な間違いです。
法務部は、「この契約書で締結していいよ」とか、「この契約書で締結してダメ」なんて言いません。というか、そんなことをいう権限がそもそも会社から与えられていません。
「いや、うちの会社の法務部は言ってくれる」という方もいると思いますが、それは単に、「さほどおかしなことが書かれている契約書ではないので、締結してもいいんじゃない?」という意味で言ってるだけです。「この契約なら、締結しても何ら問題が起きない」とか、「この契約には全くリスクがない」、さらには、「仮に紛争が起きても自分たちの会社が勝てる」なんてことを言っているわけではありません。
会社の事業に詳しい部門は事業部門です。実際に事業を行うのも事業部門です。よって、契約書に定められているリスクに現実的にどのように対処できるのかについてもっとも詳しく、かつ適切な判断を下せるのは、法務部ではなく、事業部門なのです。
なので、事業部門の方は、法務部が修正した契約書が相手方に受け入れられない場合には、考えなければなりません。
「相手方の案で契約を締結するべきか、それともこの取引自体をやめるべきか(つまり、契約を締結しないことにするか)」を。
リスクの分析
このときに検討するべきことは、以下です。
「相手方の案のまま契約を締結した場合に生じる自社のリスクは何か?」
これは、契約書を修正した法務部の方が教えてくれるはずです。
相手方の案にリスクがあると考えたから修正したのです。よって、「それを修正した理由」を法務部の担当者に確認しましょう。「なんでここ修正する必要があるの?」と。これはつまり、「相手方の案のままだと、どんなリスクが自社にあるのか?」を聞くのと同じことです。
そして、そのリスクを教えてもらったら、次は、その「リスクを分析」することになります。
具体的には、以下を考えます。
「そのリスクは、現実化しえるリスクなのか?」
→ありえないようなリスクは無視しますよね。法務部がリスクと考えても、実務者からはリスクと言わないものも中にはあるでしょう。
「そのリスクは、現実に発生したら自社にどれだけの損害を被らせるのか?」
→リスクは、100円の損害を被ることだったら、無視しますよね。
「そのリスクをできる限り抑えるには、実務上どのような対策があり得るのか?」
→実務上対策を立てられるなら、相手の案のまま契約を締結してもよいですよね。
リスクの分析に基づいた判断
上記のようなことを検討した結果、「そのリスクを自社が負うことができる!」という結論が出たら、「相手方の案で進める」という判断を下すことになりますし、反対に「とてもじゃないが、そのリスクは負えない」となったら、「今回はその取引自体をしない」という判断を下すことになります。
もちろん、上記の「自社で負うことができるリスクか」について結論を出すのは、問題になっている事項によって、事業部門の担当者レベルで判断を下せるものもあれば、部長レベルの方の判断が必要なものもあれば、もっと上の事業部長レベルの方の判断が必要な場合もあれば、最終的には社長の判断が必要になるものもあります。
また、例えば、事業部門の担当者がその問題について自分の部長に相談したところ、部長が「これは重大な判断だ。社長に相談しよう」という形で個別に社長に相談するということになる場合もあるでしょう。
どのような問題のときにどのレベルの役職の方の判断が必要になるのかは、その会社によっても異なるでしょう。
つまり、一義的に、どの問題はどのレベルの人の判断となるかが決まっていないということが多々あります。
なお、その契約を検討して修正案を作成した法務部の担当者としては、事業部門の方々がその契約に潜むリスクの分析をする際に、積極的にその検討会に参加して、リスクの内容について説明すると良いと思います。その方が、事業部門の部長や事業部長といった方々も、より正確に、勘違いせずにリスクの内容を理解できるようになるでしょう。
リスク検討における注意点
このリスクの検討の段階での注意点があります。
それは、「このリスクを受けるかどうかの判断は自分達では到底できないレベルのものだ」と感じたら、速やかにより上位のレベルの人に判断を委ねていくこと、です。
といいますのも、判断できない人たちで協議を進めていても、永遠に結論は出ないからです。
確かに、上の役職の方にもっていくと、「なんとか相手にこちらの主張を認めてもらうように努力せい!」の一言で終わる可能性もあります。
しかしその場合には、これまで如何に自分たちが相手と交渉してきたのかを説明し、今は、「リスクをこちらが負うか」または「今回取引をしないことにするか」の判断の段階にきているということをよく説明しましょう。
これをしないと、無駄だとわかっていながら、また相手方と電話会議なり、あるいは相手の会社がある国まではるばる出張をして、また数日から数十日を費やすことになります。
もちろん、そのような交渉が功を奏することもあるかもしれませんが、それまでの経緯を考えると、もはや相手は譲歩する気配はないと思ったら、「今は判断の時期です」と上司の方に説明するべきです。
それをしないと、いつまでも契約が締結されないことについて、事情をよく知らない上司の方から「なにチンタラやってんだ、こらっ!!」と、激しく怒られてしまうかもしれません。一生懸命やっているのに怒られるのはつまらないですよね。
なので、繰り返しになりますが、「もう十分担当レベルでの交渉はした。相手がこれ以上譲歩する様子はなさそうだ。あとは判断の段階だ」と思ったら、すぐに上司にその旨を伝えましょう。その先は、その上司が判断するのか、それともその上司の方もさらに上の上司の方に判断を仰ぐのか、という話になっていくはずです。
これをしないと、本当にいつまでたってもその案件が進みもしなければ終わりもしない、という状況に陥ります。これは特に事業部門の担当者としては非常に苦しい仕事になると思います。それはそれでよい、という場合もあるかもしれませんが、進まない案件ならさっさと終わらせて次に行きたいですよね。(もちろん、上司の相談したところ、それまででは思いもつかなかった相手を説得させるための案が出てきたら、それを相手に提示することは何ら問題ありません。)
例外的扱い
ここで、上記のような、「契約を締結するかどうかを決めるのは法務部ではなく、あくまで事業部門」という原則について、例外といいますか、注意点があります。
それは、契約書に違法な内容が定められていた場合です。
例えば、独禁法に違反するようなものが良い例です。
そのような違法な条文の削除をこちらが求めたのに、相手方が拒否してきた場合にも、その契約を締結するかどうかを決めるのは事業部門といってしまってよいかと言うと、それはちょっと違うように思います。
法律に違反しているかどうかにもっとも詳しいのは法務部です。
そして当然、法律に違反してはいけないわけです。
となると、法律に最も詳しい法務部が、「違法な条文がある」と言っている以上は、その契約は締結しない、という対応を取るべきだと言えます。
もちろん、「本当にその条文、違法なのか?」という疑問がある場合には、外部の法律事務所に確認するという方法もあります。
まとめ
今回のまとめをします。
相手方がこちらの修正案を認めてくれない場合の対応方法(こちらの主張を言い尽くした場合)
法務部が教えてくれたリスクを分析した上で、自社で負うことができるかどうかを判断する。
負えるなら、相手の案のまま契約を締結。
負えないなら、今回は取引しない。
リスクの分析については、リスクの内容に応じて、ふさわしい役職の人に判断を委ねていく。
例:部長、事業部長、最終的には社長に判断を仰ぐ
ただし、違法な条文が定められていると法務部門(必要に応じて外部の法律事務所に確認)が言っている場合には、事業部門でリスクを分析するという問題ではなく、そもそも締結してはいけない契約である。
前回の記事→その①その取引における本来あるべき姿を理解する
【私が勉強した参考書】