TOEIC400点台で海外案件に関わるようになってから独立するまで①

      2021/08/24

この記事は、「司法試験に落ちた後の人生について」の続きです。

 

電機メーカーの企業法務部に配属された後

 

電力事業を行う部門の法務部に配属されました。

私は当初、その部門は国内の仕事しかないと思っていました。

というのも、電力事業=お客さんは国内の電力会社だけ、だと考えていたからです。

しかし・・・実際は、海外の電力会社がお客さんであるということも頻繁にあったんです。

当然、法務がチェックする契約書は英語です。

さらには、海外の企業を買収したりもしていました。

だから、海外の弁護士から英語で電話がかかってきたりするんです。

当時の私の英語力は・・・TOEIC400点台。

これはおそらく、同期入社中ビリだったと思います。

配属された法務部の先輩方は、みなTOEIC850点を超えていました。

正確には、一人だけ850点くらいで、他は900点を超えているという人達だったんです!

「お父さんが商社で働いていたから、幼いころにアメリカに住んでいました。」

とか、

「学生時代に1年間アメリカに留学していました」

とか、

「会社に入ってから、アメリカのロースクールに留学していました(もちろん帰国子女!)」

という人たちばからでした。

びっくりしませんか?仙台出身の私には、信じられないことでした。

仙台には、帰国子女なんて滅多にいなかった!帰国子女で英語が話せる人も、高校の同じ学年に一人いただけだったのに!どうしてこの会社のこの部署には、こんなに英語ができる人がたくさん集まってんの!!!???

 

そして、そういう部署だと、何が起こるかわかりますか?

「英語が話せないということがどういうことかよくわからん」

という人がたくさんいる、ということなのです。

だから、「どうやったら英語を話せるようになるのでしょうか?」と聞いても、

「・・・慣れじゃない?」という答えしか返ってこないわけです。

 

そして、配属後数か月後に、厳しい現実を知りました。

それは、私が配属される前にも、何人か新人が配属されたそうですが、そのうちの半分は、数年で辞めているというのです。

もちろん、ちゃんと残って成長している人もいました。しかし、半分が辞めてるというのはどういうことなのか?

よく話を聞くと、仕事ができなくてつらくて辞めていったそうです。

私は、「そりゃそうだろ!」と思いました。

ただでさえ、英語が得意ではないのに、英文契約の分量たるや、A4で100枚を超える契約書をチェックすることもある職場なのです。普通にその分量の日本語を読むことすら簡単ではないのに、ましてや英語!しかも、単に読めればよいというわけではなく、適宜修正しなければいけないわけです。当時の私には、そんなの神業としか思えませんでした。

だから、そのような職場に帰国子女でもない人が配属され、そして、英語ができないということがどういうことかよくわからん、という人達であふれている部署で、その新人の方々は、どんなに心細かったことだろう・・・と思いました(つまり、英語ができないことが全く配慮されないということです)。そして、いま、その心細い状態にいるのが、自分であるという事実・・・。

 

「自分も辞めるようになるのでは?」

そんな恐怖が襲ってきました。

司法試験の勉強のために、会社に入るまでに数年かけていた私は、入社当時、既に27歳になっていました。学部卒で、ストレートで入社した人と比べると、4つも上なわけです。そんな状態で、もし今会社を辞めたら、何の社会人経験もない自分が27歳で転職活動をしなければならなくなる。そうなったら、どこにも入れないだろうと思いました。

「何が何でもここで頑張るしかない!・・・しかし・・・」

 

今では、どのように英語や英文契約の勉強をすればよいのかわかっているので、同じような境遇で新人さんが入ってきても、「全然いける、大丈夫!」と励ますことができますが(というよりも、むしろそういう人の教育係になった方が、やりがいがありました)、当時は、「海外事業は通訳を介して行うもの」と考えていたので、とても自分がそれをできるようになるとは思えませんでした。

 

人生で、こんなにできない状態の自分に、それまで出会ったことがありませんでした。

もう、どうしようもない状態です。

それが原因かわかりませんが、入社した年の10月頃には、急性胃腸炎で高熱を発し、数日間入院するという事態にもなりました。当時は、仕事ができないことのストレスがマックスでしたから、そういうのが影響したのかもしれません。

 

ある日の朝、電車での通勤途中で、また会社で役立たずとこっぴどく怒られてしまうのかと思ったら、急に気分が悪くなり、食べたものを戻しそうになったときもありました。

 

そのときです。時々電車に乗っていると、駅からなかなか電車が出発しないときがあり、そういうときは、「お客様の中で気分が悪くなった方がいらっしゃいますので・・・」とアナウンスがされることがありますよね?そういう「急に気分が悪くなる人」とは、今の自分のように、何か仕事などで強い不安がある人だったりするのではないか・・・?と思うようになりました。

 

そんなこんなで、結局、法務部に配属されて半年後の2007年1月、年末の冬休みを終えて新年最初の出社日に、私は上司に「一身上の都合により・・・」と書いた辞表を提出することになりました。

 

辞表を提出してどうなったのか・・・?次回に続きます!→その②

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