リスクを負いきれない案件を受注せずに見送るという判断がしやすい仕組みを作る

   

ある案件を受注するか否かを検討する際、それを判断する立場にある人には、あるジレンマが生じます。

それは、「この案件を受注すれば、とりあえず今期の予算は達成できるが、後にコストオーバーランとなり得る」というものです。

悩んだ結果、「組織のことを考えれば、受注しないほうがよいだろう」と思ったとしても、次のような考えも浮かぶかもしれません。

 

「この案件を受注しなかったことが、後に「英断だ」と評価されることはあるのであろうか?」

 

この問いに対する答えは、残念ながら、「ほぼ100%ない」です。

というのも、コストオーバーランは、実際に受注してみない限り現実に起きることはないからです。

多額のコストオーバーランが起きた際に、「あの案件を受注していなければよかった」とか「あれは絶対に受注してはならなかった」と多くの人は思いますが、それは、「受注しているからこそ持ち得る感想」なのです。

もしも受注していなかったら、単に「予算を達成できなかった」という結果しか残りません。

その際に、「受注していたらコストオーバーランに陥ったはずの案件を見送ってよかった。あの時の判断は正しかった」ということは、ほぼ誰も思ってくれないのです。

 

よって、予算を達成できるか否かの瀬戸際の際には、一層案件を見送るか否かの判断が難しくなります。

誰にも評価はしてもらえないかもしれないが、組織のことを考えて見送るか

それとも、

やってみないと結果は分からないのであるから、ここは勝負に出て予算を達成するために受注しに行くか

と悩むことになります。

 

ここで、予算達成が必達目標値と位置付けられている場合は、予算達成を目指して無理に決断することになるかもしれません。

その場合の多くは、その会社にとって好ましい結果とはならないでしょう。

 

そこで、このような場面で適切な判断が下されるようにするために、あらかじめ、「見送るべき案件の条件」というものを社内規定として決めておくのが有益だと思われます。

つまり、そのような案件を見送ることは当然である、という基準を設けておくのです。

基準はできるだけ客観的なものとしておき、判断権をもつ者の主観で「受注する」という決断が下されないようにしておきます。

 

この基準があれば、部下などの従業員も、あくまで「この基準を満たすか否か」について意見を述べやすくなるでしょう。

上司に逆らうのではなく、単に基準に照らしてどうかを発言するのみだからです。

 

とはいえ、基準を設けても、どうしても受注しようとする者は、「その基準に当たるか否か」についても部下らに圧力をかけてくることもあり得ます。

何度も受注政策会議にかけ直させる等はその典型例です。

 

また、この点について、次のような例外を設けた方がよいのではないかという意見もあるかもしれません。

 

「社長が様々な事情を判断した上で受注するのが適切であると判断した場合には、例外的に受注できるものとする。」

 

この定めにより、結局は社長の一存で決められる案件が出てくることになります。

社長が必ずしも問題となっている実務に詳しいとは限りません。

そもそも、トップによる暴走が行われるのを防ごうとしたいのに、上記の様な「最後はやっぱり社長の一存で決められる」という文言を堂々と定めるというのは、適切でしょうか?

この一文を利用して、原則と例外をひっくり返して運用し始めるリスク、つまり、常に社長が諸事情を考慮して受注するか否かを判断することになるリスクがあります。

「このような例外規定を設けないと、従業員らが過度にリスクを評価し、なんでもかんでも受注しないことになり得る」という懸念もあるでしょうが、その点はもう少し自社の従業員を信頼してもよいのではないでしょうか。

通常の従業員は、自己実現のため、会社の利益のため、さらには社会に役立ちたいという気持ちをもって仕事を遂行していこうと考えているはずだからです(そういう人たちに育て上げなければならない)。

 

 - コストオーバーランへの組織的な対策