コストオーバーランへの組織的な対策~はじめに~

   

 

組織としての対策

拙著『英文EPC契約の実務』(中央経済社)では、複数の企業が陥ったコストオーバーラン案件の原因を解説しました。

そこでは、コストオーバーランに陥るのを防ぐためには、①取り組もうとしている案件が自社にとって「初めて」なのか否かを検討し、もしも「初めて」である場合には具体的に何が「初めて」なのかを特定するべきであること、②その上で、その「初めて」の部分への対策を楽観的に考えるのではなく、自社の能力から客観的に検討するという姿勢が必要となることを述べました。

 

これは、意識しようと思えば容易にできそうにも思えますよね。

特に、新入社員や若手の方はそう思うかもしれません。

 

しかし、特に契約金額の大きな案件は、社内の数人が上記を実践しようとしても難しい面があります。

 

というのも、大きなプロジェクトほど、関わる人が多くなるからです。

そして、中には、社内外の注目が集まるようなプロジェクトとなるものもあります。

そのようなプロジェクトにおいてコストオーバーランに陥らないようにするためには、数人の努力だけでは足りません。

そう、組織として取り組む必要があるのです。何かに個人として取り組むのは、簡単です。

「今日から英語を練習しよう!」と思ったら、誰の許可を得ずとも、誰の協力を得なくても、自分一人で始められます。

しかし、組織として行う場合には、そうはいきません。

 

また、具体的な対策を立てるためには、実際の事例を研究することが必要となります。

しかし、残念ながら、他社の事例で行うのは簡単ではありません。

というのは、コストオーバーラン案件は裁判にでもなって争われない限り、詳しい経緯は公開されないからです。

上記の拙著では、メディアや企業のアニュアルレポートの記載、そして一般的なEPC契約の条文からわかる範囲で各社がコストオーバーランに陥った原因を探ってみましたが、実際の当事者であればより詳細な情報を得ることができ、その分より適切な対策を立てることができます。自社がコストオーバーランに陥ったら、徹底的にその原因追求を行うべきなのです。

その原因追求も、たった数人が思い立っても、現実には難しいものがあります。

コストオーバーランを引き起こした部門がそれに協力してくれるとは限らないのです。

自分たちの失敗について、例え社内であっても、おおっぴらにしたくないという意向も生じ得ます。

 

よって、コストオーバーランを本当になくそうと思ったら、組織としてそのような意思をもつ必要があるといえます。

しかし、残念ながら、組織とは、「よいこと」だからといって実現されるような簡単なものではありません

 

例えば今、これを読んでくださっているあなたが、「よし、過去の事例の原因追求を自分がしよう!」と思い立ったとします。

しかし、いきなり今日からそれを実行できるでしょうか?

当然、上司の許可が必要になります。

あなたは、「こんなに会社に必要なことをしたいという自分を止めるわけがない」と思うかもしれません。

しかし、上司からはこういわれるかもしれません。

それ、うちの部署の仕事ではないね

 

失敗事例の研究を行うべきはどこの部署?

失敗事例の研究は、果たしてどこが行うのが適切か?という問題は、意外と難しいものです。

 

営業部門は、新たな仕事を取ってくるのがメインの仕事でしょう。

失敗案件の研究=技術的な問題のはず!・・・ということで、技術部門では?

しかし、技術部門のどこが行うべきでしょう?どこも、現在および将来の案件に向けた準備で忙しいのです。過去の事例の研究など、本来の業務ではないと判断されることが多いでしょう。

 

では、例えば法務でしょうか?当然違います。私自身は企業法務部にいましたが、通常、法務は失敗事例の検討などしません。契約書のチェックがメインの仕事です。

では、企画部門?経理?これも違うでしょう。

 

そうです。普通の企業内にある一般的な部門には、過去の失敗事例を研究する役割などはないのです。

 

となると、みなこう言います。

過去の失敗事例の研究は、大事だけれども、少なくとも、うちの部門の役割ではない。

 

よって、本当に必要に迫られた企業のみが、渋々新たな部門を作り、そこに失敗事例の研究を任せることになります。

今日、「失敗事例の研究を始めよう!」と思っても、それは到底無理で、まずは部署づくりをしなければならないのです。

そして、通常、新たな部署を作ることは容易ではありません。

なぜ、新たな部署を作らなければならないのか。

作らないとどうなるのか。

作ると何がどう改善されるのか。

その部署に何人必要か。

どこからその人たちを集めるのか。

などなど、気の遠くなるほどの事務手続きを経て、ようやく新たな部署が設けられます。

それも、直近で巨額の損失事例に遭遇し、会社として原因究明の重要性を認識した場合にしか新たな部署を作ってまで検討しようなどということにはならないでしょう。

 

上記は、対策を立てることの難しさの一例です。

このように、企業によって具体的な事情は異なると思いますが、コストオーバーランの原因と対策を立てるには、様々な障害があることでしょう。

 

次回以降、コストオーバーラン対策の実施を妨げる原因となり得る組織的な問題について解説していきたいと思います。

 

 - コストオーバーランへの組織的な対策