「買収しない方がよい」と感じたときの対応

      2023/07/14

「買収しない方がよい」と感じたときにどう振る舞うべきか?

 

今回は、あるケースを想定し、こんなとき、みなさんならどうするか?ということを考えていただければと思います。

 

 

みなさんは、ずっと企業買収案件に関わりたいと思っていたとします。

 

所属している部門は、私と同じ企業法務部だったと仮定します。

 

日頃仕事にまじめに取り組んでいたことがようやく上司に認められ、遂に念願の企業買収プロジェクトのメンバーに加えてもらうことになりました。

 

もちろん、やる気に満ち溢れいています。

 

「絶対にこの案件を成功させる!」

 

こう固く決意しました。

 

まず、買収の目的、買収の効果、そして手続きについて事業部門と企画部門がこれまで整理した資料を上司から渡されました。

 

それを一生懸命に読み込みました。

 

あなたは、その資料に記載されている情報量の多さに驚きました。

 

買収対象企業についての様々な情報がその資料には記載されており、そのページ数はパワーポイントで100ページにも達していました。

 

一度読んだだけではとても理解できる量ではなく、あなたはその資料を何度も何度も読み込みました。背景を理解しないと、よい仕事ができないと思ったからです。

 

そうして、何度か読み返していくうちに、あなたはふと疑問を持ちました。

 

「確かに色々なことが書いてあるけれど、肝心の、この企業を買収することで何がどうなってうちの会社の業績アップにつながるのかがはっきりとはわからないな・・・」

 

その資料には、もちろん、将来の事業計画が記載されています。右肩上がりの輝かしい未来が描かれていました。

 

何やら複雑な計算をして算出しているようでもあります。

 

しかし、その根拠が今一つよくわからないのです。

 

「なんでこんなに業績が順調に上がっていくの?」

 

しかし、謙虚なあなたはこう思いました。

 

「自分は事業部門にいたことがないから、ビジネスのことを十分に理解していないのかもしれない。事業部の担当者に聞いてみれば、この辺りはわかるかもしれない」

 

そしてあなたは、この買収案件の事業部門の担当者に、「この買収によって、何がどうなって自社の事業の発展につながるのか」を率直に質問してみました。

 

すると、意外なことに、その事業部の担当者の答えは次のようなものでした。

 

「あー、私も正直そのあたりはよくわかっていないんですよ」

 

あなたはこれを聞いて唖然としました。

 

「え!?だったら、どうして買収するんですか?」

 

「まあ、一応、コンサルを交えて作成した事業計画によれば、こんな風に業績は上がっていくはずだから」

 

「しかし、この事業計画の通りに行くという根拠の部分がよくわからないというのはおかしくないですか?この事業計画はどのように作成されたのですか?まさかコンサルが勝手に作ったわけはないですよね。コンサルにはどんな情報を渡したんですか?」

 

「それは、その会社の今の業績とうちの会社の業績を渡して、それらをもとに、将来はこんな感じになると想定して作成したのだと思うけど・・・」

 

「・・・大変失礼なのですが、他のこのプロジェクトメンバーのみなさんも、そういう認識なのでしょうか?つまり、そもそも、具体的に何がどうなってうちの業績アップにつながるかはあまりわかっていないということなのでしょうか?」

 

「いやー、どうだろう。そういえば、他の人とそのあたりについて詳しく協議したことないかな。なにせ買収のスケジュールをどうするかの方がいつも注目されていて・・・。でも、きっとちゃんと買収する根拠はあると思いますよ」

 

あなたはものすごく違和感を持ちました。

 

そこで、今度はこの件の経営企画部の方に同じ質問をしてみました。

 

「事業計画の根拠?それは事業部が詳しいはずだよ。企画は、事業部から上がってきた情報を基に、将来の数字を計算しただけで、もともとの情報は事業部から来ているんだよ」

 

確かに、事業を行うのは事業部門ですから、具体的に買収対象の企業と一緒に何をどう進めるかは事業部門が考えることのようにも思えます。しかし、事業部門の担当者は、そのあたりは明らかに認識していないように思えました。

 

そして、まさかそんなはずはない、と思いつつも、あなたは次第にこのように思うようになりました。

 

「もしかして、とにかく買収することが目的になり、買収の根拠は実はあまり認識されていないのでは・・・?」

 

 

 

以上、長くなりましたが、要は、「みなさんの目から見て、買収する根拠がはっきりしない、という状況になったときに、その後どう振る舞うか?」ということを考えていただきたいなと思いました。

 

 

ここで、大きくは2つの道があると思います。

 

1つ目は、「まあ、買収の根拠なんてどうでもいいや」として、買収手続きをスケジュール通りに完了させるために頑張るだけ、というものです。

 

この想定の中では、あなたは企業法務部の担当者であるということになっています。

 

買収手続きにおける企業法務の役割は何か、と言えば、それは、買収手続きを滞りなく進めることでしょう。

 

特に、買収契約締結に向けた契約検討・交渉は最も重要でしょう。

 

「なぜ買収するか?」というのは、事業部門、企画部門、そして経営トップが考えるべきことで、法務がそこに口をはさむべき立場にない、といえるかもしれません。ビジネス判断にたけているのは、法務部ではないのですから。

 

2つ目の選択肢としては、「買収の根拠があいまい、あるいは正しいものではないのなら、買収なんてやめるべき!」と強く主張して、買収手続きを中止させるように頑張り、もしもそれがかなわない場合には、「意味のない買収手続きには関わりたくない!」と言ってメンバーから外してもらうということが考えられます。

 

買収の必要性がしっかりと認識されていないにも関わらず買収をしても、会社のためにはならなそうですよね。そんな案件に加わりたくない、と思う方もいるかもしれません。

 

 

 

この点、もちろん理想は、買収の目的・必要性を自分の納得がいくまで確認し、納得できない場合には、プロジェクトメンバーで再度この点を議論し、場合によっては、買収中止にもっていきたいところです。

 

そのためには、自分が属する部門の上司にも現状を報告し、買収中止の方向に行くように勧めたいところでもあります。

 

する必要のない買収は、会社にとって損失にしかならないように思えます。

 

しかし、上述の通り、企業買収の「手続き」は法務部門が大いに活躍できる分野ですが、そもそも買収するかどうかの「判断」は、まさに事業をどう進めていくかという問題なので、法務部が口出しできる場面というのは限られている、いや、ほとんどない、ということになるような気がします。

 

もちろん、自社が得たいと考えていることがはっきりしていれば、「それを果たすためのスキームは他にこんなのがあります」という提案はできますが、「いや、それでも買収する!」と事業部門なりトップが判断するのなら、法務は手続きを進めるしかないように思います。

 

「でも、買収することに意味がない、あるいは会社に損失を被らせることになるかもしれない、と感じても買収手続きを進めることには抵抗があります」と思う方もいるかもしれません。

 

しかし、「スキームとして買収手続きを進める」と決まり、それをもはや覆すことは実質的にはできない段階になったのなら、あとは、粛々と滞りなく手続きを完遂させることに全力を尽くす他ないのではないでしょうか。

 

これまでこのブログで、ずっと、「買収する目的が果たせるかどうかの検討が重要」と言ってきたのに、なにやら急に、「社内で決まった方針なら従うしかない」というのはおかしいじゃないか?と思われそうですが・・・。

 

もちろん、私は、「必要ない買収はしない方がよい」と思っています。

 

しかし、同時に、「会社の組織にいる以上、それが違法なものでない限り、決まった判断には従うべき」とも思うのです。

 

企業買収手続きそれ自体は、なんだかんだいって、よい経験になります。

 

通常の取引とは異なる経験をすることができます。契約交渉も、普段よりも一層やりがいを感じるかもしれません。

 

外部の法律事務所を使う場合には、弁護士の仕事の仕方も参考になります。

 

自分の会社内で、大きな案件における意思決定がどのように行われるのかを最前線で見ることができます。

 

企業買収案件のように、異なる多くの部門の方と一緒に仕事をする機会も、そう多くはないように思います。

 

このように、買収案件は、それ自体、とてもよい経験になると思います。

 

これは、企業法務の人に関わりません。企画にいても、事業部にいても同じです。

 

もちろん、買収の必要性について自分が納得できないのに、買収手続きに一生懸命に取り組むというのは、どこかでうしろめたさを感じるかもしれません。「果たしてこのまま進めてよいのだろうか・・・」と悩むこともあるかもしれません。

 

しかし、このようなことは、企業買収案件に関わらず、大なり小なり起きることです。

 

「自分の考えと違う方針には従えない」という姿勢を貫いていると、次の仕事のチャンスも与えられなくなるかもしれません。

 

そうそう経験できることではない企業買収案件の中から、できる限りのことを吸収しようとするのが自分のため、ひいては将来の会社のためになるのではないかと思います。

 

 

 

そうはいっても、できれば、「確かに意味のある、必要な買収だ!」と自分でも思える買収案件に関わりたいものですよね・・・。

「M&A、特に企業買収を成功させることの難しさについて」の目次

その①はじめに その②企業買収における成功とは何か? その➂企業買収についてのよくある誤解 その④企業買収手続きの間に引っ込みがつかなくなる場合
その⑤企業買収後、うまくいかない場合起きること その⑥「買収しない方がよい」と感じたときの対応 その⑦必要のない買収が行われる場合 その⑧はじめて買収案件のメンバーに選ばれた方へ

 - M&Aを成功させることの難しさ