企業買収手続きの間に引っ込みがつかなくなる場合
2023/07/14

企業買収手続きに関わったことがある方はご存知かと思いますが、その手続きは、結構な長丁場になります。
まず、自社が買収したいと思う企業を探します。
何社もある候補の中から数社に絞り、その数社について一応調査して、最終的に1社に絞るのにそれなりの時間がかかる場合があります。
1社に絞ってからは、本格的にその会社について調査することになります。
秘密保持契約を締結して、色々な情報をその会社から開示してもらう必要があります。
デュー・デリジェンス、略してDDなるもの(会社の様々な状況を調査する手続き)をする前には、MOUという覚書を締結することが一般的でしょう。このMOUを締結するのにも、結構な時間を要する場合があります。規模が大きな案件だとなおさらです。このMOUに買収の予定価格を定めるか、定めるとして上限や下限をつけるか、といったことに始まり、MOU締結についてプレスリリースするかどうかでも両者の間でまとまらず、時間を食う場合もあるでしょう。
MOUを締結し終えて、ようやく、本格的にDDを開始することになったら、今度はその開示された膨大な情報を精査するのに非常な労力がかかる場合があります。どこまで厳密に行うかにもよりますし、細かい書類の確認は法律事務所に任せることも多いと思いますが、それでも数カ月単位でかかることが多いのではないでしょうか。
そして本格的な買収契約の交渉です。これも、何%分を買収するのかによって変わってくると思いますが、最終的に合意に至るまでにはこれまた数カ月を要することは決して珍しいことではないでしょう。
こうしてみると、「買収しよう!」と社内で話が出てから、最終的に買収契約が締結されるまで、1年以上かかることは決して珍しいことではないと思います。
その間に生じる、買収の対価以外の外部のアドバイザーや社内の関係部門の労力・時間・費用は膨大なものになることもあるでしょう。
前置きが長くなりましたが、今回は、この企業買収にかける労力・時間が膨大であるが故に生じ得るのではないかと思われることについてお話ししたいと思います。
みなさんの中で、これまでの人生で、膨大な労力・時間・費用を何かに費やしたことがある方はいらっしゃいますか?
そして、最終的に、当初の目的を果たせず、あきらめ、「あ~、これまでの努力はなんだったんだろう・・・」と悲嘆にくれたことのある方はどうでしょうか?
そのような経験をされたことのある人は、その「あきらめる」ときに、とてもつらかったのではないでしょうか。
目的に向けて費やしたものが大きければ大きいほど、目的を果たせずに諦めることは難しい、いや、それどころか、勇気がいることかもしれません。
諦めるのに勇気がいる、というと納得できない方もいるかもしれません。しかし、「これまでの努力が無駄になるのか」と思うと、追い求めることよりも、もしかしたら諦めることの方が、勇気が必要なこともあるのではないでしょうか。
企業買収手続きの中でも、同様のことが起きる場合があるように思います。
上述した通り、企業買収手続きは相当な長丁場になりえます。
社内でそのために開いた会議の回数は数十回に及び、トップへの報告にも何度行ったことか・・・。
買収案件のために残業した日は何日あっただろう?
トップから怒鳴られたことは何回あっただろう?
そんな風に進めてきたのに、例えばDDをした結果、買収をしても当初想定していたようなメリットが出せないかもしれないことが分かってきたとき、どうするでしょうか?
買収契約の交渉で、相手方が自社にとって重要な事項に全く応じない場合、どうするでしょうか?
最終的に買収契約を締結するまで、買う側の企業はいつでもおりられるというのが通常でしょう。この段階では、買う側の企業には、「買う義務」はないのです。
しかし、それまでに費やした労力が大きすぎると、次のように思ってしまわないでしょうか。
「いまさら、買収しないことにすることはできない」
これは特に、MOU締結段階でプレスリリースをして、世間に買収手続きを進めていることを公表した場合に起きるのではないでしょうか。
今から「やっぱり買わない」ということにしたら、自社の株価が落ちそう。
今から「買収あきらめましょう」とトップに言いにくい(怒られそう・・・)。
いまさら、「実は、買収しても、思ったほど自社にメリットないかもしれません・・・」なんて言えない。
なんとなく、買収のプロジェクトメンバー間で、「この買収はやめた方がよいかも」という雰囲気が出てきても、途中でやめるのが難しくなる段階というものがあるように思います。
そして、そのまま買収手続きを完了させ、その後、「やっぱり買収しなければよかった・・・」という経験をされた方もいるのではないでしょうか。
では、このようなことになると、その後、どのようなことが生じるのでしょうか?
まず、買収した会社をうまく自社の発展のために活用できない場合、当然、社内で問題になります。
「ちゃんと買収後にガバナンスきかせてるのか?」
「どうして業績が上がらないんだ?」
こんなことをトップから頻繁に言われるようになります。
そんなときに、
「もう少し増資すれば何とか持ち直すと思うのですが・・・」
などと言えるでしょうか。増資して本当に持ち直せるのであれば、それも一つの案ですが、大抵は、そんなことを簡単には言えないでしょう。仮に言ったら、「買収時には、増資する必要が将来生じるなんて聞いてない!」とお叱りを受けるかもしれません。
そのうち、どうにも立て直しできないレベルにまで行くと、「撤退しかないか・・・」(つまり、買収した会社を潰すこと)という事態にまで事態は悪化することもあるかもしれません。
実際、以前ご紹介した「海外企業買収 失敗の本質」という本によれば、100億円以上の規模の海外の企業を買収した案件では、調査対象の116件のM&Aにおいて、44%に当たる51件でその事業から撤退しているそうです。
多額の投資をしたのに、それが撤退となる、というのは、かなりの痛手ですよね。
これが、買収手続き時には全く想定していない事情が生じて、そのために撤退を余儀なくされた、ということであれば、やむを得ないでしょう。
しかし、それが実は買収手続き中に気づいていた、あるいは、「気づくべきだった事情」によって起きたことだとしたら・・・。
企業買収は、多額の投資となることが多いと思います。
本来なら、失敗は許されない類のものでしょう。
しかし、なぜかうまくいかないことが多いのだとしたら、やはりそれは、「買うべきではない会社を買ってしまっているケースがあるから」なのではないでしょうか。
そしてそれは、本当は、買収契約締結前に気が付くべき事項であることも少なくないのではないでしょうか。
買収手続きは長丁場で、ある程度進んでからやめることは、勇気がいるかもしれません。
しかし、買収契約を正式に締結するまでの間、「本当に会社にとっての利益になるのか?」という視点で冷静に常に検討し続けることはとても大事なのではないでしょうか。
特に、MOU段階でのプレスリリースで、あたかも「最終契約合意目前!」といった論調でのプレスリリースをすることが、買収手続きを途中でやめる際の一番の足枷になるような気がします。自分で自分の退路を断ってしまっている状態になってしまいます。
本来は、プレスリリースは最終契約締結時にしたほうがよいように思いますが、「早く世間に知らせて株価を少しでも上げたい!」という希望を経営陣が持っているような場合には、プレスリリースそのものはするにしても、その内容は慎重に決める、つまり、社内の人たちも含めた読み手に、過度に「買収ありき」といった受け取られ方をしない工夫が必要かもしれませんね・・・。
「M&A、特に企業買収を成功させることの難しさについて」の目次
その①はじめに | その②企業買収における成功とは何か? | その➂企業買収についてのよくある誤解 | その④企業買収手続きの間に引っ込みがつかなくなる場合 |
その⑤企業買収後、うまくいかない場合起きること | その⑥「買収しない方がよい」と感じたときの対応 | その⑦必要のない買収が行われる場合 | その⑧はじめて買収案件のメンバーに選ばれた方へ |