企業買収についてのよくある誤解
2023/07/14

企業買収についてのありえる誤解
企業法務として働いていると、ときどき(極まれに?)、次のような誤解をされている方がいるように感じることがありました。
「企業を買収すれば、その企業は、自社のものになるのだから、その企業をどうにでもできるようになる」
みなさんは、上記は正しいと思いますか?
例えば、自社が企業Aを買収すれば、企業Aが持っている技術は自動的に自社のものになる、とか、あるいは、企業Aのもっている技術を自社に無償で提供させることができ、自社はその企業Aの技術を自由に使うことができるようになる。
あるいは、企業Aにとっては利益にならないことも、「お前らはうちの傘下に入ったんだから、何でもうちの言うこと聞け!」と言えば、企業Aは素直に従うはず。
こんな風に思っている方はいないでしょうか?
もしも、上記のようなことを思っている方がいたとしたら、今回は、そもそも、「企業買収とは何か?」という点をお話ししたいと思います。
企業買収とは何か?
企業買収とは、法的には、ある企業の株式を買うことです。
そして、通常は、ある企業の株式を買うことで、その会社の株主総会における議決権の過半数を取得することをいう、と考えていただいてよいと思います。
株主総会における議決権の過半数を取得すると、何がどうなるのでしょう?
その企業の株主総会で、なんでもかんでも、とは言えませんが、経営の重要事項について、自社の意見を通すことができるようになります。
株主総会では、会社の経営についての審議・決議が行われることはご存知ですよね?
そして、その決議は、多数決で行われます。
多数決と一言で言っても、過半数で決められるものもあれば、それ以上の賛成がないと決められないものもあります。
いかなる事項が過半数で決められるか、いかなる事項がそれ以上の賛成が必要になるかは、各国の会社法という法律で決まっていることがほとんどです。
つまり、ある企業を買収するということは、「その企業の株主総会で、自社の意見を反映させることができるようになる」ということなのです。
特に、多くの国の会社法では、取締役や執行役等の役員を選任・解任するためには、株主総会での決議が必要とされていることが多いと思います。
すると、買収を行った会社は、買収された会社の役員人事を掌握することになります。
この、「株主総会で経営に関する事項を決めることができる」ということと、「役員人事を掌握することができる」というのが、企業買収の本質だと私は思います。
経営を支配する
株主総会でその会社の経営の重要事項を決めることができ、かつ、役員人事を掌握することで、自社がふさわしいと考える人をその会社に送り込むことができるようになります。これによって、日々の会社の経営にも自社の意思を反映させることができるようになります。
もしも、自社が送り込んだ役員が何らかの理由で自社の意思を経営に反映させない場合には、極論は、その役員を辞めさせることもできるでしょう。
そのため、議決権の過半数を取得した自社は、露骨に言えば、「俺の言うことを聞かないんだったら辞めさすぞ!」という権力を持って、買収後にその会社の経営を支配することになります。
ここまでみると、「なんだ、やっぱり、企業買収によって、会社の経営をなんでも思い通りに支配することができるようになるんじゃないか」と思った方もいるかと思います。
しかし、まだ続きがあります。
何でも思い通り?
株主総会での議決や取締役等による経営を支配することが法的にはできるようになったとしても、それでなんでもかんでも自社の思い通りになるとは限りません。
例えば、上述した、自社が企業Aを買収したことにより、企業Aの持っている技術は、自社のものになるのでしょうか?
なりません。
というのも、自社と企業Aは、あくまで別法人だからです。
技術についての権利、つまり知的財産権は、企業Aに帰属したままなのです。
では、自社は、企業Aに、その技術を無償で使わせるようにさせることはできるでしょうか?
これは、できるといえば、まあ、できます。
しかし、税務上の問題が生じます。
特に、企業Aが海外の会社であれば、移転価格の問題が生じます。
つまり、企業Aは、企業Aが存在している国の税務当局から、無償で技術を提供したことについて、課税されてしまうのです。
通常、税金は利益を得た場合に課されるものですよね。
しかし、上記の場合は、企業Aは無償で技術を親会社に提供し、使用を許可しただけなのに、課税されることになるのです。
利益を得ていないのに課税されるというのは、企業Aにとってはつらいですよね。税金を支払った分、損失を被ったともいえます。
「それでもいい、とにかく技術を使わせろ」という企業は、通常はないでしょう。
つまり、企業Aの持っている技術を自社が使いたいと思ったら、企業Aと自社との間でライセンス契約を締結し、自社は正当な対価を企業Aに対して支払う必要があるわけです。
上記は、簡単にいうと、「経営を支配する」ということと、「子会社の持っている物や権利が親会社に帰属すること」はイコールではない、という話です。時々、「子会社のものは親会社のもの!親会社のものはつまりは俺のもの!」というジャイアン級の誤解をされている方がいらっしゃるように感じることがあるので、念のためお話しさせていただきました。
次に、「そうはいっても、子会社の経営を支配できれば、その子会社になんでもさせることができるんでしょ?」という点についてお話ししたいと思います。
確かに、親会社の意向というのは子会社にとって重要です。断ったら、子会社の役員は左遷されたり、首にされたりする可能性もあるわけですから。
しかし、子会社も別法人である以上、親会社のみにメリットがあるようなことや、子会社に長期的な観点からみてメリットがないようなものについては、子会社は激しく抵抗するのではないでしょうか。
例えば、企業Aがもっている特殊な技術について、買収後に、自社が正当な対価を支払った上で技術ライセンスをしてほしいと要求したとします。
しかし、企業Aはこう思いました。
「今は買収されて傘下に入ったけれど、いずれ株式を第三者に譲渡されて、今の親会社とはライバル関係になるかもしれない。それなのに、今全ての技術を開示したり、ライセンスしたりするのは避けたい。」
そうすると、ライセンスの範囲は限定的なものになったり、あるいは、そもそもライセンスしたくない、と企業Aは言ったりするかもしれません。
この点、親会社から送り込んだ役員が親会社の意向に忠実に従おうと思っても、もともと子会社にいた従業員は、自分たちにメリットがないと思えば、やはり素直には従わないでしょう。
それでも無理やり従わせようとすると、従業員が会社を自ら去る、つまり、転職者が続出してしまうかもしれません。
つまり、企業買収をし、ある会社を自社の子会社にしてその経営を支配したとしても、本当に何でも自社の思い通りに子会社が動いてくれるとは限らない、ということがあり得るわけです。
Win-winの関係を築く
これに対しては、「でも、子会社にとっても、親会社にとっても、win-winの関係になるようなことであれば、子会社も親会社の意向に従うはず。そういう関係を子会社との間で築き上げることができればよいのでは?」という意見もあるかと思います。
この点、私はこう思います。
「買収後、親会社と子会社間で本当にwin-winの関係が築けるようなら、あえて買収しなくてもよかったのでは?」
Win-winの関係、つまり、異なる会社がお互いにとってメリットになるような関係を築くことができるのであれば、わざわざ子会社の議決権の過半数を取得し、役員の人事権を掌握するといったことをしなくても、初めからそのような提携関係を両者の間に構築すれば良いのではないでしょうか?
共同で何か新しいものを開発したいのであれば、共同研究契約を締結すればよいでしょう。
相手のもつ技術を利用したのであれば、ライセンス契約を締結すればよいでしょう。
相手のもつ製品を自社製品と組み合わせて販売したいなら、長期的な売買契約を締結すればよいでしょう。
それによってお互いにメリットがでるのであれば、わざわざ大金を出して議決権の過半数を取得する、といったことまでしなくても、本来得たい目的を果たす別の方法がある、という場合があるのではないでしょうか。
もちろん、「企業買収という方法を使わないと、得たい目的を果たすことはできない」というケースもたくさんあると思います。
そのような場合は、もちろん、買収に踏み切ればよいでしょう。
私が懸念するのは、「とにかく買収すれば、その企業を思い通りにすることができるようになる」というある種の誤解が、企業買収において最も重要な「買収の必要性の判断」を誤らせることになっていないだろうか?ということです。
買収の必要性の判断を検討する際には、「買収することで得たいこと」と「それを果たすために取り得る手段は買収以外にないかどうか」という点を十分に検討していただければと思います。
「M&A、特に企業買収を成功させることの難しさについて」の目次
その①はじめに | その②企業買収における成功とは何か? | その➂企業買収についてのよくある誤解 | その④企業買収手続きの間に引っ込みがつかなくなる場合 |
その⑤企業買収後、うまくいかない場合起きること | その⑥「買収しない方がよい」と感じたときの対応 | その⑦必要のない買収が行われる場合 | その⑧はじめて買収案件のメンバーに選ばれた方へ |