他者と協力し合えるのは、何を共通にできたときか?(総論賛成・各論白紙では物事は進まない)~薩長同盟と薩土盟約の違い~

   

企業に勤めている方なら、「業務提携」という言葉を聞いたことがあると思います。

簡単にいえば、2以上の企業が、「一緒に協力して事業を行っていく」というものです。

この業務提携を行う前には、「業務提携契約」を結びます。

その時、契約書に、次のような文言を定めて安心することはないでしょうか。

「A社およびB社は、お互いにC事業の発展を促進するために、誠実に協力することに合意する」

そして、このような文言で合意しただけで、「業務提携関係を築くことに成功しました!」といって社外に大々的にプレスリリースすることもあるかもしれません。

しかし、結論からいえば、このような合意にはほとんど意味がありません。

その理由は、「どのように協力するのか」が定められていないため、実際には、何ら行動を共にすることができないからです。

 

拙著『歴史が教えてくれる働き方・生き方』の中で、薩長同盟を例に、「複数の者の間で共通点を見出すことで協力関係を築くことができる」と述べました。

では、具体的に「何」を共通にできれば協力し合えるのかといえば、それは、「目的と手段」です。

この点、上記の条文には、「目的」は定められているものの、「手段」が定められていないので、現実の具体的な場面で「何をどうしたらよいのかわからない」となり、結局は協力し合えないことになります。

この点、薩長同盟は違いました。

慶応2年(1865年)の段階で、長州藩は朝廷から激しく敵視され、朝敵とされていました。

そして幕府による武力討伐の危機に直面していました。

このような状況で交わされた薩長同盟は、「長州藩を朝敵扱いすることの解消」と「幕府への対抗」という2つの目的に向けて、具体的な対応策が定められたのです。

薩長同盟の内容を次に要約したので、見てみましょう。

 

第一条 幕府と長州藩が戦いとなったら、薩摩藩は合わせて三千の兵を京都・大阪方面に置く。

第二条 長州藩が勝つ見込みが出てきたときは、薩摩藩はその旨を朝廷に知らせ、長州藩の復権のために尽力する。

第三条 長州藩が敗けそうなときも、薩摩藩は朝廷に働きかけ、長州藩の復権のために尽力する。

第四条 幕府と長州藩が戦いとならない場合にも、薩摩藩は朝廷に働きかけ、長州藩の復権のために尽力する。

第五条 長州藩の復権が一橋、会津、桑名などにより阻まれた場合には、薩摩藩は彼らと決戦するものとする。

第六条 将来に渡って薩長は日本のために共に協力する。

 

いかがでしょう?

朝敵とされた長州藩の復権を果たす手段として、幕府と長州藩が戦争になった場合(第一条)、それに長州藩が勝利する場合(第二条)、長州藩が敗れた場合(第三条)、そして幕府が軍事行動を起こさない場合(第四条)という複数のケースについて、薩摩藩がどのような活動を行うのかが約束されています。

特に、薩摩藩が武力を用いて幕府側の最大勢力である一橋、会津、そして桑名藩と決戦することも示されています(第五条)。

つまり、これが「手段」です。

このように、目的と手段についてお互いに共通認識を持つことができて初めて実際の場面で協力しあえるのです。

事実、薩長はこれに基づき、以後、運命を共にしました。

 

一方、この薩長同盟に基づき長州藩が幕府軍を撃退することに成功した後、薩摩藩と土佐藩との間でも一応の協力関係が構築されます(薩土盟約)が、それは、この薩長同盟のように手段について明確に合意したものではありませんでした。

いってみれば、「総論賛成・各論白紙」のような合意です。

具体的に見てみましょう。

まず、土佐藩は大政奉還案を打ち出します。

これは、将軍徳川慶喜に対し、朝廷に政権を返還するよう勧めるものでした。

薩摩藩も大政奉還の骨子である「天皇を中心とする新しい政治体制を日本に敷く」という点について異論はなく、これを実現するために活動することを約束したのが薩土盟約と呼ばれる合意です。

しかし、薩土盟約では、これを「どのように成し遂げるのか?」という点について明確に合意されないままに事が進みます。

つまり、この目的達成を阻害しようとする敵対勢力をどうするか?という点には触れていないのです。

この点、土佐の実質的支配者である山内容堂は武力行使には反対でした。

あくまで言論のみで説得すべきと考えます。

しかし、薩摩藩は武力行使が必要だと考えており、特に、徳川慶喜を新政府から排除するためには手段を選ばず突き進む覚悟をもっていました。

この点についての合意がないため、土佐藩は大政奉還後に武力行使に踏み切る薩摩・長州に対して非協力的態度を取り、王政復古の大号令から鳥羽伏見の戦いなどで薩長に遅れをとります。

薩長出身者と比べて土佐藩からの明治政府の要職に入る者が少ないのはこのためです。

 

時々、業務提携についての協議の中で、「総論でお互いに合意しているので、あとは何とかなる」という話を聞くことがあります。

しかし、この認識は誤りです。

総論について合意する、つまり、「お互いの事業の発展を目指す」などという合意は、難しいことでも、珍しいことでもありません。

例えば、いかなる政党も、「国民の暮らしを今よりよいものに改善する」という総論では何ら対立していません。

対立の多くは、そのための手段、または、その手段をどのようなスピードで進めるのか(急進か、それとも漸進か)、という点についてです。

 

つまり、異なる企業同士が協力し合うために重要なのは、各論の一致です。

具体的な「協力手段」の合意です。

共同で新技術を開発するのか、一方の企業が持つ技術を他方の企業に使わせるのか、それとも、材料となる製品の供給を行うのかなどについて合意できない限り、具体的な場面で協力し合えません。

この項の始めに示したような条文だけで相手に何か具体的な協力を要請しても、「協力するとはいったが、具体的にそのような形の協力をするなんていってない」と反論されかねません。

業務提携契約を相手方企業との間で結ぼうとする際には、「各論・具体的な手段についてお互いに約束できるのか?」この点を重視することをお勧めします。

 - 歴史上の人物・出来事から学んだこと