英文の秘密保持契約の解説⑤~「秘密の保持」について~
2020/01/28

今回から、英文の秘密保持契約の解説に入ります。
では、さっそく始めたいと思います。
「情報受領者は、本契約に基づいて情報開示者から開示された秘密情報を、秘密として保持しなければならず、第三者に開示してはならない。」
上記は、秘密保持契約において、秘密情報の第三者への開示を禁止するために定められることが多い条文です。
上記と一文字もたがわない表現で定められているわけではないと思いますが、概ねこのような条文で定められていると思います。
ここで注目していただきたいのは、上記の下線が引かれた2つの部分です。
一つ目の下線、「秘密として保持しなければならず」と、二つ目の下線、「第三者に開示してはならない」の箇所です。
「秘密情報を第三者に開示することを禁止する」ことを定めるためなら、まさにそれだけをそのまま定めればよく、一つ目の下線部の「秘密として保持しなければならず」については、定めなくてもよさそうに思えます。
実際、私は、「秘密として保持しなければならず」という表現がない秘密保持契約もこれまで何度か見たことがあります。
しかし、ほとんどの秘密保持契約では、「第三者への秘密情報の開示の禁止」を定める条文中に、「秘密として保持しなければならず」という記載があります。
なぜ「秘密として保持しなければならず」という部分があるのかはわかりませんが、ほとんどの秘密保持契約でそのような記載になっているので、自分で秘密保持契約をドラフトする際にも、そのように定めておいた方がよいと思います。
「秘密情報を秘密に保持する」の英語の条文
ここで、「秘密情報を秘密に保持する」というための英語の表現には、以下のようなものがあります。
① The Receiving Party shall keep the Confidential Information in strict confidence.
② The Receiving Party shall ensure that the Confidential Information is kept strictly confidential.
③ Each party hereto agrees to keep the Confidential Information secret and confidential.
④ Each party agrees to hold the Confidential Information in strict confidence.
⑤ The Receiving Party shall protect the confidentiality of the Confidential Information.
⑥ The Receiving Party shall preserve the secrecy of the Confidential Information.
ざっと6つ挙げてみました。
いかがでしょう?どれも、実際に私が英文の秘密保持契約の中で見たことがある条文です。
「こんなにいっぱいあんの?」
「え?契約書の条文って、一通りしかないわけじゃないの?」
などと思われた方もいるのではないでしょうか。
上記6つは、どれも「秘密情報を秘密に保持しなければならない」という意味を表しています。「英語として間違っている」というものはありません。そして、「条文として法的な効力を持たない」というものもありません。
契約業務、特に英文の契約にこれから関わっていく方々にまず知っておいていただきたいのは、次のことです。
「ある事柄について、それを契約中に条文として定めようとしたとき、その定め方は必ずしも一通りではない」
誰が読んでも、「確かにそういう意味になる」と理解できる表現であれば、どんなものも、基本的に契約書の条文として法的な効果を持ち得ます。
例えば、上記の条文において、「保持する」という意味を表すために、keep、hold、protect、preserveという4種類の動詞が使われています。
また、「秘密」という意味を表すために、confidential、in confidence、secret、secrecyといった名詞や形容詞を使っています。
つまり、繰り返しますが、「必ずどの英単語で書かなければならない」という決まりが常にあるわけではないのです。
どうしてこんな話をしているのかといいますと、これまで契約書にあまりかかわったことがない方や、新入社員の方の中には、「契約書は、決まった単語や表現を使わなければ法的な効力をもたない」と考えている方が多いのではないか、と思ったからです。
そして、そう思ってしまうと、契約書のひな型や参考書を見るたびに、一つの内容に対して複数の表現があることに戸惑ってしまうのではないかと思います。
「その条文で表現されていることは、客観的に読んだときに意味が分かるか?」という点が重要なのです。
もちろん、典型的な条文の中で、まず滅多に使われない文言があると、読み手は意味を理解するのに苦労してしまうので、なるべく、その条文で使われている文言を使えるようになることに越したことはありません。
そのため、上記に書いた「ある事柄について、それを契約中に条文として定めようとしたとき、その定め方は必ずしも1通りではない」という点を意識しつつも、普段契約書を読む際には、「その条文で通常使われている表現は何なのか?」を意識するようにすると、契約書を読み書きする力が上達しやすくなると思います。
より適切な条文は何か?
上記6つの条文は、どれも「誤りではない」と言いました。
どれも意味は通じます。文法にも誤りはありません。
ただ、「より適切な条文はどれか?」という話になると、いくつかの条文にはやや問題があると言えます。
そこで今回は、全ての英文契約に当てはまる、「よりよい条文を作成するためのポイント」を3点ご紹介したいと思います。
ポイント1~より短い条文にできないか?と考える~
まず、②の条文です。もう一度②の条文を見てみましょう。
The Receiving Party shall ensure that the Confidential Information is kept strictly confidential.
ここで、動詞として、「ensure」が使われています。
ensure that S Vで、「SがVすることを確実にする」という意味ですので、上記の条文は、「情報受領者は、秘密情報が厳格に秘密を保たれることを確実にしなければならない」という意味になります。つまり、「情報受領者は秘密情報を秘密に保持しなければならない」という意味です。
確かに、意味は分かります。
でも、①の
The Receiving Party shall keep the Confidential Information in strict confidence.
や、
The Receiving Party shall keep the Confidential Information confidential.
の方が、より短い英文で、同じ意味を表すことができていると思いませんか?
②のensure使った条文と①の条文とでは、法的拘束力は同じです。言い方が違うだけです。
そうであれば、あえて、長い文章になる②の条文にする意味は、本来はないのです。
また、②のようにensureを使って「秘密情報の秘密を保持する」という条文が定められている秘密保持契約は、そう多くはありません。というよりも、滅多に見ません。
この辺りは、もはやドラフトする人の趣味の世界としか言えませんが、同じ意味なら、短い条文となるようにするように心がけたほうがよいと思います。
ポイント2~agreeの使用について~
次に③の条文を見てみましょう。
Each party hereto agrees to keep the Confidential Information secret and confidential.
この条文では、動詞としてagreeが使われています。
英文契約書の中で、このagreeが使われている条文はよく見かけます。
しかし、実はagreeという文言は、使わずに済ませられる場合がほとんどなのです。
その理由は、英文契約書の中に記載されている事項は、そもそも、当事者同士がagree、つまり同意した内容であることが前提とされているからです。
お手元に英文契約書をお持ちの方は、その契約書の最初のページを見てみてください。
おそらく、次のような英文が記載されている契約書が多いと思います。
NOW, THEREFORE, in consideration of the premises and mutual covenants herein set forth, the parties hereto agree as follows:
下線部を見ていただければわかると思いますが、「両当事者は、以下の通り合意する」とあります。
そして、これより下から、第1条が始まっているはずです。
つまり、第1条以下は、全て、「両当事者が合意した内容」を定めているのです。
にもかかわらず、第1条以下の条文中に、the parties hereto agree to…と書くのは、既に記述されている「両当事者は合意する」という表現を繰り返しているだけになり、無駄と言えます。
ただ、実務上、契約の本文である第1条以下の条文中に、the parties agreeという表現が使われることがあまりに多いためか、これは間違っていると、とされることはありません。そして、この場合には、「契約当事者の義務を表している」というように解釈されています。
「契約当事者が~することを合意する」=「契約当事者は~しなければならない」と解釈するのです。
なので、英文契約書の参考書などをみると、契約当事者の「義務」を表す表現として、agree toと書いてあったりします。
しかし、本来、英文契約書において、契約当事者の「義務」を表すのは、shallです。
③の条文を、shallを使って書くと、次のようになります。
Each party shall keep the Confidential Information secret and confidential.
③の元の条文と並べてみます。
Each party hereto agrees to keep the Confidential Information secret and confidential.
Each party hereto shall keep the Confidential Information secret and confidential.
shallを使ったほうが、短い英文になります。しかも、義務を表していることがより明確になり、読みやすくなっています。
ポイント3~契約当事者の後ろにつく「hereto」について~
次に、heretoという表現についてお話ししますと、これは、to this Agreementを短い表現にしたものです。
つまり、本来は、each party to this Agreementという表現で、「本契約の各当事者」という意味になりますが、いちいちto this Agreementという表現を使っていると条文が長くなり、かつ面倒なので、heretoという簡略化した表現が使われています。
もっとも、このheretoですら、「partyの後ろにいちいち書く必要があるのだろうか?」という気もしますよね。
この点、「わざわざheretoなんて書かなくても、契約書中に出てくるpartyという文言が、「本契約の契約当事者」を表しているのなんて当たり前だから書く必要ないだろう」として、heretoを書いていない契約書もあります。
また、「本契約の当事者」をPartyとして以下のように定義してしまい、その後出てくる本契約の当事者は、全部PartyなりPartiesと書くようにして、heretoを使わなくてもよいようにしている契約書もあります。実際、heretoを使わないようにしたほうが、条文も短くなりますし、すっきりとした見栄えとなります。
Company A and Company B are collectively, the “Parties” and respectively, the “Party”.
上記3つは、覚えるのも簡単ですので、自分で契約書をドラフトする際には、注意してみてはいかがでしょうか?
その理由はこちらに詳しく記載しました。
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英文の秘密保持契約の解説の目次
①サクッと全体像をつかむ | ②秘密の保護と管理 | ③保証・権利・返還 |
④有効期間 | ⑤「秘密の保持」 | ⑥第三者への開示禁止 |
⑦目的外使用の禁止 | ⑧開示してよい範囲(その①) | ⑨開示してよい範囲(その②) |
⑩情報管理義務 | ⑪差し止め請求 | ⑫「現状渡し」と「無保証」 |
⑬権利の留保 | ⑭返還・破棄 | ⑮定義条項 |