英文の秘密保持契約の解説②~秘密情報の秘密の保護と管理について~
2020/01/28

1.秘密情報とは何か?
秘密保持契約は、秘密情報の秘密を保持するための契約です。
そこでまず、「何が秘密情報に当たるのか?」という点が条文で定められています。つまり、「秘密情報の定義」が定められています。
この定義に当てはまらない情報は、秘密保持契約の対象外となります。
秘密情報の定義でポイントになるのは、主に次の3点です。
① 技術的な情報だけではなく、営業的な情報も含むこと
② 書面や電子媒体で開示された情報のみならず、口頭や視覚的に開示された情報も含むこと
③ 例外となる場合を定めること
②については、書面や電子媒体による情報開示の場合には、その書面や電子媒体に「CONFIDENTIAL」や「秘密情報」といった、情報受領者が「これは秘密情報だ」とわかるように明示することが必要とされているのが一般的です。
一方、書面や電子媒体による情報開示ではなく、口頭や視覚的手段による情報開示の場合には、その情報を開示する時点でそれが秘密情報である旨を情報受領者に伝えた上で、一定期間内に情報開示者から情報受領者に対して、その情報が秘密である旨を書面で知らせることが必要とされているのが一般的です。
この点、実務では、口頭や視覚的手段による情報開示の際に、上記のようなことが行われているのか疑わしいところもあります。口頭での開示時点で「これは秘密情報ですよ」と言った後で、書面で秘密である旨を知らせることを忘れてしまっていることも実際はあるのではないでしょうか。
その場合、後で書面で秘密である旨を明示しなかった口頭による情報は、「契約上、秘密情報ではない」という扱いになってしまうおそれがありますので、この点は注意してください。
次に、③の「秘密情報の例外」では、秘密情報の定義には該当するものの、実質的に考えて、秘密情報として扱う必要のないものや、秘密情報として扱うと不都合が生じるものを、秘密保持義務の対象にはならない情報として列挙します。
具体的には、
・既に公に知られている情報
・既に情報受領者が知っている情報
・情報受領者が情報開示者の秘密情報とは独立して自分で開発した情報
・第三者から秘密保持義務を負うことなく受領した情報
・法律、規則、裁判所の命令等によって開示を求められた情報
等が例外として列挙されているのが一般的です。
2.秘密情報を第三者に開示してはならない
秘密保持契約で最も重要な条文
秘密保持契約の最重要事項は、この「秘密情報を第三者に開示してはならない」という点です。
一般に、契約書では、その契約の中で最も重要な事項を一番先頭に書きます。
ここで、多くの契約書では、定義が第1条に定められていますが、これは定義が最も重要であるということではなく、慣例でそうなっているだけです。
よって、定義が第1条に定められている場合には、第2条が、その契約の中で最も重要な条文である、と言えます。
そして、ここで扱う「秘密情報を第三者に開示してはならない」という内容は、秘密保持契約書の第2条に定められていることがほとんどです。
情報受領者である企業の人なら誰にでも見せてよい?
ここで、「秘密情報を第三者に開示してはならない」わけですが、では、「情報受領者である企業内の者」であれば誰でもその秘密情報にアクセスしてよいかというと、そうではありません。
秘密情報が開示されるのは、ある目的を果たすために行われます。例え社内の人物であったとしても、その目的を果たすために必要な範囲内の者にしか、受領した秘密情報にアクセスさせてはいけない、と条文で定められているのが通常です。
このように、例え社内の人物であっても、目的とは無関係の者にはアクセスさせてはいけないことにされている理由は何なのでしょうか?
それは、秘密情報の「一度漏えいされると、取り返しがつかない事態に陥るという特殊性」にあります。
秘密情報は、とにかく、漏えいされないことが極めて重要なのです。
そのため、開示の範囲を狭くし、開示者も限定し、例え情報受領者である企業の人間であっても目的を果たすために不要な人にはアクセスできないことにする、という手当てがなされているのです。
具体的には、次のような条文が定められています。
「情報受領者は、秘密情報を、①本契約書に定められている目的を果たすために必要であり、②本契約に定める義務と同等以上の秘密保持を義務付けられた取締役、執行役、従業員、財務または法律のアドバイザーに対して開示することができる」
受領した情報を情報受領者の子会社・親会社・下請けに開示したい場合には?
また、情報受領者が、例えば自分の子会社・親会社・下請けに対して、秘密情報を開示したいという場合もあるでしょう。
そういう場合には、秘密保持契約書に、「契約当事者Aは、○○社に対して、本契約に定められている秘密保持義務と同等以上の秘密保持義務を課すことを条件に、秘密情報を契約当事者Bの事前の同意なくして、開示することができる」といったような条文を入れておくこともあります。
情報開示者には、秘密情報を開示する義務があるの?
ところで、秘密保持契約は、通常、「秘密情報を受領した契約当事者が、その秘密情報を秘密に保持すること」を義務付けるものであり、「情報開示者に、秘密情報の開示を義務付けるもの」ではありません。
つまり、情報開示者が自分の秘密情報を開示するか否かについては、情報開示者が決めてよく、情報受領者は「あの情報を開示しなければならない」と情報開示者に対して請求することはできません。
ときどき、秘密保持契約書中に、「情報開示者は、○○についての情報を、情報受領者に対して開示しなければならない」という定めを見ることがあります。こういう条文がある場合には、○○についての情報開示者となる当事者は、原則としては、その条文を削除するべきです。
もっとも、そもそもその契約を締結する目的が、「○○についての情報」の開示を義務付けることであるのであれば、削除する必要はないと言えますが、その場合には、「○○についての情報」という定め方により、本来自分たちが相手に開示しようと思っていない情報まで開示させられる結果とならないようにする必要があります。つまり、「開示義務の範囲を明確にする」という修正が必要になります。
3.秘密情報を目的の範囲外で使用してはならない
秘密情報の開示は、情報受領者がその秘密情報を特定の目的を果たすために使うために行われるものです。
そのため、情報受領者がその目的の範囲を超えて使用することは契約書で明確に禁止されているのが通常です。
この目的外での使用を禁止することは、秘密情報の第三者への開示を禁止することと並んで重要なことです。
目的外使用がなされると、秘密情報の漏えいの可能性が出るのみならず、例えば、情報受領者がその情報を使って勝手にビジネスを始めてしまい、情報開示者の市場での優位性が失われてしまう、という事態にもなりかねません。
そのため、秘密保持契約の検討においては、この「目的」を適切かつ明確に定めることが重要になります。
そして、多くの企業では、秘密保持契約書のひな型を持っていて、そのほとんどの条文はなんら手を加えずに相手方に送付していると思いますが、この目的のところは、個別の案件ごとに都度書き加えなければならないようになっていると思います。
4.秘密情報は誤って漏洩されないように適切に管理されなければならない
ここまでの条文のまとめ
ここまでの解説で、秘密保持契約には、一般的に以下が定められていることをお話ししました。
・秘密情報が何か?を特定
・開示された秘密情報を情報受領者は第三者に開示してはならず、かつ、情報受領者の社内であっても、その秘密情報へのアクセスは限定される
・情報開示者は、秘密情報の開示を強制されないのが一般的
・情報受領者は、契約に定められた目的の範囲内での使用しか許されない
「このくらい定めれば、もう秘密情報は漏えいされないだろう」と思えるかもしれませんが、これだけではまだ不十分です。
というのも、まだ、情報受領者が秘密情報を受領した後で具体的にどのように社内でその情報を管理するべきかが定められていません。
秘密情報の管理のレベルは?
受領した文書を、社内であればどこに置いておいてもよいのか?
それとも、誰かの机の引き出しに入れておけばよいか?
それだけではなく、金庫のようなものに入れて鍵をかけないといけないのか?
といったように、「秘密情報の管理」と言っても、様々なレベルがあります。
この点、通常は、以下のような条文が定められています。
「情報受領者は、情報開示者から受領した秘密情報を、自らの秘密情報を取り扱う際に払うのと同等以上の注意義務をもって取り扱わなければならない」
このような条文があれば、情報受領者は、自社の秘密情報を扱うのと同様に、開示された秘密情報を管理しなければならないことになります。
しかし、この条文だと、情報開示者としては、自己の秘密情報についていい加減な管理しかしていない企業が情報受領者である場合、大変不安になりますよね。
例えば、自分の秘密情報ですら、その辺に適当に置いておくような企業であれば、情報開示者から受領した秘密情報も同程度の扱いで足りることになってしまいかねません。
そこで、次のような条文が定められていることもあります。
「情報受領者は、情報開示者から受領した秘密情報を、自らの秘密情報を取り扱う際に払うのと同等以上の注意義務をもって取り扱わなければならない。ただし、それは、少なくとも、善良なる管理者の注意義務を下回ってはならない」
さらには、開示する情報の重要性によっては、より具体的に管理方法を定めるという手もあります。
例えば、「鍵付きの部屋に置かれた、情報開示者から指定されたパソコン内にデータを保存し、そこにアクセスできるのは、最大何人で、アクセスするたびに記録をつけて、その記録を情報開示者が求めた場合にはいつでも見せること」というような定め方もできます。
私自身は、上記のような契約を滅多に見たことがありませんが、漏えいされた場合の影響力を考慮した上で、適切な管理方法を定めるべきでしょう。
5.秘密情報が漏えいされた場合には、情報受領者は責任を負う
損害賠償で足りる?
ここまで、秘密情報が漏えいされないように定められている色々な手当てについてお話ししました。
しかし、仮に秘密情報が漏えいされた場合の扱いを明記しておかないと、まだ不安が残ります。
もちろん、秘密情報が漏えいされることで、情報開示者が損害を被れば、損害賠償の請求をすることができます。
しかし、果たしてそのような損害賠償だけで足りるでしょうか?
情報は、一度漏れると、あとはどんどん広がっていく可能性があります。
その情報に価値があると思われるようなものであればあるほど、それが拡散していくかもしれません。
その結果、情報受領者では到底賠償しきれないような損害が発生するかもしれません。
既にお話ししましたが、情報の漏えいがなされないようにすることが情報開示者の一番の願いです。
そこで、秘密保持契約書には、次のような条文が定められていることがあります。
「情報受領者は、正当な権限に基づかない開示または使用は、情報開示者にとって、金銭的な賠償では十分に補うことができない回復困難な被害となることを認識する。したがって、情報受領者は、管轄権を有する裁判所から本契約の違反および秘密情報の開示を禁止する差止命令を請求および取得する権利を有するものとする」
差止
上記のポイントは、「差止」について定められている点です。
通常、契約違反への対処は、生じた損害を金銭に見積もってそれを賠償する、というのが原則です。これを「金銭賠償の原則」と呼びます。
しかし、金銭的な賠償では足りないような場合には、「違反行為の差止」をすることで、そもそも損害が生じないようにすることが認められる場合があります。
このような条文があるからと言って、直ちに裁判所が差止をしてくれるかというと必ずしもそうではありませんが、差止の請求を認められやすくするために、この種の条文は定められています。
まとめ
上記をまとめると、以下のようになります。
- 秘密情報とは、何か?
- 情報受領者は、秘密情報を、第三者に開示してはいけない。
- 情報受領者は、秘密情報を、目的の範囲内でしか使ってはいけない。
- 情報受領者は、秘密情報を、適切に管理しなければならない。
- それでも秘密情報が漏えいした場合には、情報受領者は情報開示者に対して損害賠償を支払う責任を負うが、それだけでは足りない場合もあり、そのような場合には裁判所に差止を求めることができることを定めておく。
その理由はこちらに詳しく記載しました。
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英文の秘密保持契約の解説の目次
①サクッと全体像をつかむ | ②秘密の保護と管理 | ③保証・権利・返還 |
④有効期間 | ⑤「秘密の保持」 | ⑥第三者への開示禁止 |
⑦目的外使用の禁止 | ⑧開示してよい範囲(その①) | ⑨開示してよい範囲(その②) |
⑩情報管理義務 | ⑪差し止め請求 | ⑫「現状渡し」と「無保証」 |
⑬権利の留保 | ⑭返還・破棄 | ⑮定義条項 |