完璧主義の弊害

「なかなか仕事が終わらない」とあなたが悩んでいる一方で、いつもさくさく仕事をこなしている人が同じ部内にいます。あなたが斬新なアイデアが出せないと苦しんでいる一方で、大量の提案をしている人がいます。

どうしてそんなに早くできるのか、一体どんなアウトプットを出しているのか?と思い、その人の仕事内容を見てみると、あなたは驚きました。なぜなら、その人のアウトプットは、あなたからしてみると、不十分な点が散見されたからです。そしてあなたはこう思いました。

「こんないい加減なものでいいの?」

 

1774年、オランダの医学書である『ターヘル・アナトミア』を日本語に翻訳した「解体新書」が日本で出版されました。この翻訳事業を行ったのは、以下の4名の医師たちでした。(年齢は翻訳事業開始時)。

前野良沢(49歳)、杉田玄白(39歳)、中川淳庵(33歳)、桂川甫周(21歳)。

 

もっとも、この4名の中で本当に翻訳を担当したのは、前野良沢ただ一人です。彼だけが、なんとかオランダ語を読むことができました。

当時はまともな辞書もない時代だったので、その苦労は計り知れません。しかし、彼らは開始から1年半後に翻訳を終え、それを『解体新書』と名付けました。

そこで、翻訳事業のメンバーである杉田玄白は、早速、『解体新書』を世に出版したいと考えました。その理由は、「日本の医者達に『ターヘル・アナトミア』に書かれている本当の人体の内部構造を示すことで、日本の医学を進歩させたい」と思ったからです。

 

実は、この解体新書が日本で出版される前まで、日本では、中国から伝わった情報に基づいて人体の内部を理解していたのですが、前野良沢、杉田玄白、中川淳庵は、実際に罪人の腑分けに立ち会った際に、これまで自分たちが正しいと信じてきた人体の内部構造に関する知識が間違っていたこと、一方で、『ターヘル・アナトミア』に記載されている人体内部の図の方が正しいことを知りました。

腑分け見学の帰り道にて、医者である杉田玄白は、「正しい人体の内部構造を日本の医者達に示すことは自分の使命である」と考え、『ターヘル・アナトミア』を翻訳しようと決意し、前野良沢と中川淳庵に提案しました。これが、彼らの翻訳事業のはじまりでした。

 

ようやくターヘル・アナトミアの翻訳を完成させ、解体新書を世に出版しようとしたとき、意外なことに、前野良沢はこう言いました。

「未だ翻訳が完璧ではないので、私の氏名は、翻訳書(解体新書)に一字たりとも記載していただきたくない」

前野良沢は、もっと長い年月をかけて訳を練り、完璧な翻訳をできたときに初めて刊行するべきだと考えていました。とはいえ、杉田玄白が解体新書を出版することまでは止めはしませんでした。その代わり、「そんな不完全なものに、自分の名前を載せたくない」と考え、上記のように杉田玄白に言ったのです。

一方、杉田玄白は、前野良沢が満足するような完璧な訳ができるのを待っていたら、出版がいつになるかわからないと思っていました。まともなオランダ語の辞書すら日本にない時代です。「少々の不備があっても、解体新書を世に出して、人体内部の構造について間違った理解をしている日本の医者達に本当の人体内部を示すことができれば、どんなに日本の医学の進歩に資するだろう!」これが杉田玄白の気持ちでした。

その後、『ターヘル・アナトミア』を翻訳した解体新書は日本国内で出版されました。そして杉田玄白は大きく評価されます。江戸のみならず、全国に名を知られた大蘭方医と称されるに至ります。多くの学徒を指導し、日本における蘭学の進歩を促し、杉田玄白の塾は日本の蘭学の中心になりました。そして蘭方医としては初めて、将軍の拝謁を受けるまでになります。

一方、前野良沢は、その一生を一般人には無名の一老人で終えます。晩年は小屋のような家で侘しい暮らしでした。もちろん、弟子などいないし、富とも名声とも縁がありませんでした。

 

私は、1つのことに専心することを否定したいわけではありません。また、人生は富をこそ追い求めるべきだといいたいのでもありません。私が否定したいのは、「完璧でなければ意味がない。完璧でないものは有害だ」という考え方です。

確かに、完璧じゃないものと完璧なものを比較するなら、普通に考えると完璧なものの方が優れているようにも思えます。しかし、その仕事において、本当にそこまでの完璧さが求められているのでしょうか。どんな仕事にも合格点が存在します。学校の試験のように具体的な数字で表すことはできませんが、「ここまでやれていれば、仕事の成果としては認められるだろう」というラインです。

もちろん、それ以上にクオリティの高い成果があるに越したことはありません。しかし、そのためには、より時間をかけなければならないことになります。その結果、成果を出してほしい期限に間に合わなくなると、期限の時点では、完璧さを追求している仕事は0点ということにもなりかねません。提出すらされていないからです。

完璧主義の人は、後から不十分さを批判されるのを極度に恐れてはいないでしょうか。確かにそういうこともあるかもしれませんが、世間は、たとえわずかなものでも、誰かが進歩や改善を提供してくれることで現状を変えてくれることを待っているのです。事実、そういう小さな積み重ねの上に今の世の中があります。みんなで次々と改善案を出し合っているのです。だから、どうか、不完全な進歩を恐れないで欲しいと思うのです。

 

もしもあなたが、『ターヘル・アナトミア』の翻訳事業に加わっていたのなら、前野良沢と杉田玄白、どちらの立場をとりますか?それは、なぜですか?

 

上記は、2冊目の著書『歴史が教えてくれる働き方・生き方』の50個のエピソードの中の1つです。他にも様々な時代と人物のエピソードが掲載されております。お求めの際は、できるだけ、通販ではなく、リアルの書店でご購入下さい!(その理由は、こちらに詳しく記載いたしました。ご確認ください)

なお、金額は、税込みで1650円です。

公開日: