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仕事で新しいこと、前例のないことを始めると反対、反発される理由

      2017/02/03

 

前例にないことを始めたら、周りから思いっきり反対された。

 

会社のためになると思って新しいことを提案したのに、なぜか激しく反発を受けた。

 

このような経験をされた方はいると思います。

 

こちらには、全く悪気がないのに、前例がないという理由だけで反対・反発を受けるのはなぜなんでしょう?

 

不思議ですよね。

 

でも、安心してください!

 

そんな経験をしているのは、あなただけではありません。

 

昔の人も、これには随分苦労していたようです。

 

そして、対策を示してくれています!

 

反対・反発を受けた理由は、大きくは以下の3つでした。

 

①   新しいものに対する無知

②   新しいものを採用することで起きる失敗の責任を取りたくないというリスク回避

③   新しいものが成功した場合に、古いやり方に従っていた自分達の地位が脅かされることからくるねたみ

 

今日は、上記の理由のために、世のため人のために新しいことをし始めたのにも関わらず、猛烈に反対・反発されることになったある歴史上の出来事について詳しくみていきたいと思います。

 

 

天然痘の撲滅プロジェクト

 

1800年代前半、日本は天然痘の猛威にさらされていました。

 

天然痘とは、天然痘ウイルスを病原体とする感染症の一つです。とても強い感染力を持ち、全身に膿を持った吹き出物ができます。致死率が20~50%と高く、国や民族が滅ぶ原因になったこともあります。

 

1800年代の前半は、日本ではまだ天然痘の有力な治療法がありませんでした

 

そのため、大勢の人が天然痘によって命を失いました

 

しかし、この天然痘に立ち向かった男が福井藩にいました。

 

笠原良策という福井藩の町医者です。

 

彼は、当時は漢学の医者、つまり漢学医でしたが、「天然痘を治したい!」と強く願っており、「西洋の医学によればそれも可能になるのではないか?」と思い、蘭学を必死に勉強しました。

 

その結果、牛が天然痘にかかったときの疱瘡、つまり「牛痘の苗」を人間に植え付けることによって、その者は生涯天然痘にかからないことを知ります。これは種痘と呼ばれました。

 

これにより、天然痘は日本から撲滅されました。

 

・・・と簡単にいけばよかったのですが、そうはいきませんでした。

 

 

なんと、良策が、「種痘をすれば天然痘にかからなくなる」ということを知ってから本格的に福井藩で種痘が広く行われるようになるまで、何年もかかったのです。

 

その理由は、主に以下の3点です。

 

①   世間一般人の無知(無知)

②   藩の役人によるリスク回避(リスク回避)

③   福井藩の藩医達の良策に対するねたみに基づく妨害活動(ねたみ)

 

以下、この3点について詳しくお話ししたいと思います。

 

 

世間の一般人の無知(無知)

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当時、種痘はほとんど知られていませんでした。

 

そんな時代に、実は幕府は、高名な漢方医達を集めて意見をもとめ、治療法をまとめて各藩に知らせていました。

 

その治療法とは・・・

 

牛の糞を黒焼きにし、それを粉末にして服用すべし。その糞は、白、黒、茶の体毛をもった牛のものが適している

 

「なぬ?どういうこと?」

 

って思いましたか?そうですよね。一度では理解できませんでしたよね。

 

では、もう一度繰り返します。しかも、より大きな字で。

 

 

牛の糞を黒焼きにし、それを粉末にして服用すべし。その糞は、白、黒、茶の体毛をもった牛のものが適している

 

 

・・・全くもって信じがたい治療法ですよね。

 

でも、高名な漢方医が集まって相談して考え出したのなら、効果があったのでしょうか?

 

・・・効果は全くありませんでした。

 

それは、悪臭に満ちた嘔吐をもよおすような味だったそうですが(そりゃそーだ・・・)、死をまぬがれたい一心で病人たちは何杯も飲んだそうです(これも信じがたいです・・・)。

 

そして、決して治ることはなく、死んでいきました。

 

もはや、天然痘で死んだのか、それを飲んだから死んだのかわからないほどの治療法です。

 

でも、それが「幕府から知らされた治療法だから」との理由で、天然痘にかかった人たちは忠実に従ったわけです。

 

つまり、天然痘が流行っていた1800年代というのは、そういう時代だったわけです。

 

そう考えると、良策が、「天然痘にかかった牛から牛痘の苗をとって人体に植える。これは西洋では効力があった」といくら唱えても、無駄だったことしょう。

 

なぜなら、良策は、ただの町医者です。

 

高名な医者ではありません。町医者程度の主張よりも、高名な漢方医の言葉の方が、断然信憑性があるわけです。例えあんな最低の治療法でも・・・。

 

それに、時代は鎖国です。ほとんどの人が、西洋医学を知らないわけです。

 

西洋で治ったからといって、どうして日本人に効くとわかる?」

 

そもそも、西洋で本当に治ったのか?

 

「というか、そんなことしたら、むしろ天然痘にかかってしまうんじゃないの?」

 

こんな考えを一般庶民は持ちました。

 

そして、種痘を受けずに毎年大勢死んでいきました

 

無知って本当に怖いですね。

 

 

藩の役人によるリスク回避(リスク回避)

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上記のような状態でしたので、種痘を一般の人々に受けさせるためには、まずは一般人の種痘に対する考えを改めさせる必要がありました。

 

そのためには藩による協力が不可欠でした。

 

藩の役人が、「これまでの治療法は効果がなかったが種痘は効果がある。絶対に受けろ!」と一般人に言ってくれれば、一般人はおそらくあっさり従ったことでしょう。

 

なぜなら、幕府からの通知を福井藩が広めると、一般人は牛の糞すら飲むのです。それに比べれば牛痘を人間に植えるなんて、かわいいものじゃあありませんか!

 

しかし!藩の役人は、全く良策に協力しようとしませんでした。

 

その理由は、「もしも種痘によって誰かが天然痘にかかって死んだら、自分たちが責任取らされる」と思ったからです。

 

それどころか、良策が福井藩主である松平春嶽に向けた種痘のために必要な牛痘の苗を得るための嘆願書を福井藩の役人に提出したところ、その藩役人は、およそ2年間もの間、春嶽に取り次がずに自分のところで留め置いたのです。

 

「なぜ春嶽に取り次いでくれないのか?」と良策が迫ると、その藩役人は約2年間に渡って「検討中である」と繰り返し言い続けた挙句、最後には良策に対してこう答えました。

 

あのような突拍子もない内容をもつ嘆願書を受けるわけにはいかない。子供だましとしか思えない。牛の疱瘡の苗を人間に植え付けるなど、常人の考えることではない。正気の沙汰ではない

 

 

「なら、早くいえ!このどアホウが!!(何が検討中だ、このバカ野郎がぁ!)」

 

って感じですよね。

 

この間も、毎年大勢が天然痘にかかって死んでいきました。

 

もはや、藩役人こそが大勢の人を殺したようなものです。

 

 

福井藩の藩医達の良策に対するねたみに基づく妨害活動(ねたみ)

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天然痘という不治の病と思われていたものへの治療法を広めようとする良策に対し、福井藩の藩医達は大いにねたみました。

 

良策は、蘭学を学んだ蘭方医です。

 

そして、町医者です。

 

蘭学がまだメジャーではなかった当時、藩医であり、かつ昔ながらの漢学医である彼らエリート医者からしてみれば、町医者の蘭学医に負けるなんて、考えたくなかったのでしょう。

 

そんな良策が、不治の病である天然痘の治療法を広めるなんて、絶対に許せなかったのでしょう。

 

彼らは、一般人が「種痘というものがあるそうですが、効果はあるのでしょうか?」と聞くと、次のように答えていたそうです。

 

「あのようなものは、異国の妖術、邪法だ」

 

牛の糞なんて飲ませる奴らに邪法呼ばわりされたくないですね。

 

 

良策が受けた仕打ち

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良策は、誰に頼まれたわけでもないのに、種痘を広めようとしました。

 

私財を投げうって取り組みました。

 

その理由は、大勢の人が天然痘で死んでいくのを医者として黙ってみていられない、という医者としての使命感に突き動かされたからでしょう。

 

しかし、福井藩では、家々から女や子供が、種痘を受けにくるように町を歩き回っていた良策の前に飛び出してきて、一斉に雪を投げつけることもありました。

 

やがてそれは、雪から石に変わりました

 

良策が逃げても石を投げ続け、後頭部にも耳にも石が当たり、血が流れました

 

 

また、福井藩の藩医の一人は、良策の自宅に来て、こう言いました。

 

「その方は、種痘を広めることで出世をもくろみ、お匙医にでもなるつもりか!もし種痘をした子供が、一人でも疱瘡にかかりでもしたら、その方の首を取る!」

 

 

 

無知、リスク回避、ねたみ。

 

この3つが新しいことを始めようとするときに妨害となることをわかっていただけましたでしょうか。

 

じゃあ、どうすればこれらの障害を乗り越えていけるわけ?」

 

この点については、次回の記事で、見ていきたいと思います。

 

結論を言いますと、良策は、この天然痘との戦いに勝利を得ます

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今から100年以上前に良策が行った、その勝利を得るためにとった方法は、現代を生きる私たちにも参考になるものでした。

 

お楽しみに!

 

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