坂本龍馬の何がすごいの?

      2017/02/14

 

「薩長同盟は、坂本龍馬が最初に考え出したわけではなく、あの当時、薩摩と長州が手を組めば、倒幕も可能なのではないかと考えていた人は他にも大勢いた」

 

「船中八策は、坂本龍馬のオリジナルのアイデアではない」

 

「大政奉還も、坂本龍馬が最初に考えたわけではない」

 

数年前にこれを知ったとき、私は驚きました。

 

全部、龍馬のオリジナルだと思っていたからです。

 

坂本龍馬は、大政奉還後まもなく、京都で暗殺され、その短い生涯を閉じました。

 

その後すぐに明治の世になりますが、龍馬の名前はさほど表に出てこなかったそうです。

おそらく、戊辰戦争やら、その後の明治国家建設やらで、幕末を生き残った志士達は、その注意を死者に向ける暇がなかったのかもしれません。

 

その後、日露戦争の日本海海戦の際に、皇后の枕元に坂本龍馬らしき男が現れて、「日本の勝利は確実なので、ご安心願います」といった言葉を残した、という噂が出たそうです。

そしてその時に坂本龍馬の名前が思い出されたくらいで、その後はほとんど忘れ去られた人物となったようです。

 

なんだかとっても意外ですね。

 

しかしその後、空前の龍馬ブームがやってきました。司馬遼太郎氏による「竜馬がゆく」という歴史小説が大いに人気を博し、その影響で、坂本龍馬は一気に日本国民に知れ渡るようになりました。

 

おそらく、好きな歴史上の人物のアンケートをとってみれば、坂本龍馬がベスト3内に入るのではないでしょうか。

 

そのような好印象を日本国民が持つに至ったのは、やはり、上記の「竜馬がゆく」に描かれている竜馬像が国民の心をとらえたからなのでしょう。

 

しかし、「竜馬がゆく」は、小説であり、本当の龍馬がどのようなものであったか、あそこまでの快男子であったかはわかりません。

 

しかし、龍馬に対するイメージが、あの「竜馬がゆく」という小説によって、良い方向に作られ過ぎた、という印象を持たれている方もいるようです。

 

私も、「坂本龍馬はすごい人だ」という印象を、やはり「竜馬がゆく」を読むことでもったように思います。私の中での龍馬像のほとんどは、この小説またはこの小説をもとにして語られるもの、でつくられたように思います。

 

ある日、自分が「龍馬ってすごい!」と思ったのはどうしてだったのか?と改めて考えました。

 

薩長同盟、船中八策、そして大政奉還を龍馬が最初に思いついたと思っていたからだったのか?

 

あの時代、ペリー来航以来の混乱の中で、多くの志士と呼ばれる人たちが、日本の行く末を案じて、必死になって考えていたことでしょう。

 

そんな時代であれば、ある人が「薩摩と長州が手を結べば、あるいは倒幕もなる」とか、「日本は先進諸外国のような政治の基本方針を持たなければ今後は世界で生き残っていけない」と思い、まさに船中八策のようなことを考えた人がいたとしても、更には、薩長と幕府側の緊張が高まった時点で、「幕府が政権を朝廷に返すことを自ら申し出れば、武力衝突は避けられるのではないか」ということを考えた人が何人かいても、それは全くおかしなことではないように思います。

 

ただ、龍馬は、それを単にアイデアで終わらせなかった点が、他の多くの日本人と違ったのではないでしょうか。

 

現代の多くの日本人が、龍馬について持っている尊敬の念も、あくまでそこにあるのではないでしょうか。

 

いつの世も、単に思うだけ、考えるだけの人なら、大勢いると思います。

 

しかし、それを行動に移すことができる人がどれだけいるかと考えると、どんなに簡単なことですら、多くの人は行動に移すことをためらうのではないでしょうか。

 

薩長同盟、船中八策、そして大政奉還などといったことに至っては、考える人がどんなにいても、それを行動にまで移す人は、やはり極々わずかであった、といえるように思います。

 

龍馬のすごさは、まさにそこにあるのではないでしょうか。

 

彼の生きざまの中で龍馬ファンが見習いたいと思うのは、「自分がよいと思ったことは、誰の断りを得ずとも自分で行動することを決断し、それらの実現に向かってひたすら突き進んだ点」なのではないでしょうか。

 

  

思うだけではなく、行動に移す人になりたいですね!

 

 

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